6 火炎の村

――燃えていた。


 家が、町が。

 木々が、森が。

 愛した人たちが。

 ファナクは大地にくずおれる。

――どうし、て。

 感じた無数の痛みに、のたうちながら。

――――どうし、て!

 燃える全てを眺める彼の目には、もう涙すら浮かばない。


  ◇


 時は少しさかのぼる。


「なぁ、ファナク。ちょっくら遠くの町へお使い頼んでもいいかな?」

 冬のある日、ジルドは珍しく、ファナクに頼みごとをした。

 ファナクは不思議そうに首をかしげる。

「いいけれど……珍しいね、僕に頼みごとなんて」

 ジルドは少しもじもじしながらも、言うのだ。

「あのさ、あのさ、隣の村にさ、すっごく可愛い子がいるんだよ。でな、でな、その子の誕生日が近いんだけれど、何を買えばいいのか全然わかんねぇ! こういったことは美的センスの優れたファナクの専門だろ! な、ここはひとつ、頼む!」

「……好きな子へのプレゼントくらい、自分で選んだらどうなのさ」

 ファナクは呆れたといった顔をした。

 まぁ、と溜め息をつく。

「ジルドにはいつも世話になってるしさ、行ってもいいよ。遠くの町……さしずめ王都のことを指しているんだろうね。まぁ僕もそこまでなら一人で何回も行ったことあるし、いいさ、引き受ける」

「やったぁ! 神様仏様ファナク様!」

「……そこまで喜ばれても」

 ファナクは困ったように頭を掻いた。

「で。その子の名前と、外見。教えてくれる? アクセサリーとかにするかもしれないから、そういった情報があると助かる。あと誕生日」

 するとジルドは困った顔をする。

「外見は茶髪にくりくりした緑の瞳、華やかな緑のワンピース。誕生日は2月の22日。でも俺! 誕生日はわかるけれど名前がわからないんだ!」

「……2月の22日。悪魔の日に生まれた子? 縁起が悪いね。で、隣村の子でその外見なら……名前は、ユーキナ?」

 ファナクの助け船に、そうだそうだとジルドは頷く。

「そーだ、ユーキナだった! お前あまり外に出ないのに、よくわかったな!」

「……別に。昔、父さんに連れられて会ったことがあるんだよ。何だか不吉な印象の子だったよ」

 まぁとりあえず行ってくる、と。

 そう言ってファナクはいなくなった。

 その先に待つ暗い未来など、知らずに。


  ◇


 王都まで歩いていく。

 これまで何度も歩いた道だ、歩き慣れた道だから苦にならない。

 その先のアクセサリーショップでユーキナのためのアクセサリー――翠玉石の腕輪を買い、その日は王都の宿で眠った。彼自身ユーキナに好印象を抱いてはいなかったが、大親友であるジルドの笑顔が見たかったのだ。普段散々世話になっているので、何か報いてやりたいと思ったのもある。ファナクの心は温かい気持ちでいっぱいだった。

(ジルド、喜んでくれるかな)

 そんなことを思いながらも眠りについて、次の日の朝。

 宿の店主に銅貨を数枚支払うと、ファナクは元いた村へ帰っていく。

 ジルドに会いたかった。ジルドに会って、選んだ綺麗なアクセサリーを、見せてやりたかった。

 幸せな思いを胸に抱きながらも、村の見える場所までやってきた帰り道。

 感じたのはすさまじい痛みと、僅かに香った煙の匂い。

 胸騒ぎがした。何かとてつもなく嫌なことが起きているとそう感じて、彼は村までの残った距離を一息に走った。

 その先で見たのは、

「……燃えてる」

 冬の真っただ中。ごうごうと燃え上がる目にも鮮やかな橙色。

 人々の悲鳴と叫び声、そして感じた、全身を焼かれる痛み。

――どうし、て。

 ファナクは大地にくずおれる。はめていた腕輪が雪の大地に落ちて、シャリーンと澄んだ音を立てた。

 感じた無数の痛みに、のたうちながら。

――――どうし、て!

 燃える全てを眺める彼の目には、もう涙すら浮かばない。

 ただ、外出していただけだった。大親友、ジルドの笑顔が見たくて。

 彼に少しでも報いたくて。

 それだけだった、それだけだった、のに。

 彼の愛した全ては、どうして今燃えているの。

「ジルド!」

 ファナクは叫び、痛みを発する身体を無理して動かして焼け跡に足を踏み入れる。

「アズルさん! カンナさん!」

 生きているならば返事をしてと、必死の思いで彼は叫ぶ。

 信じられなかった、信じたくなかった。どうしてどうして、こんなことに。

 そして彼は見たのだった。

「――ユーキナッ!」

 村の入り口で。

 その様を見て高笑いしている翡翠色の少女の姿を。

 彼の中で全てが繋がった。

――ユーキナだ。

 あの悪魔の子が。

 どういったわけか、この村に害をなしたんだ。

 でなければ彼女があんなところにいるはずがない。

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