10 想いの衝突するとき
村の入り口に、その娘はいた。
茶色の髪を風になびかせて、彼女は燃える村を見ながら笑っていた。
「……ユーキナ」
死色の風が、彼女に吹き付ける。
ファナクの恐ろしく低い声に、彼女は振り返る。
ファナクは問うた。
「……お前。僕らの村に何をした」
すると彼女は明るく笑って答えるのだった。
「災厄を」
簡潔に。
しかしファナクは見る。その瞳の奥、凍えた孤独があるのを。
ユーキナは言う。
「だって私ってば、悪魔の日に生まれたってだけでいつもいつだって爪弾き者。味方なんていなかった、誰も私を助けてくれなかった! 私に近寄ってくるのも下卑た男たちばっかりで! だから、だから! こんな村なんか、こんな世界なんか、要らないって思ったの」
「……つまりあなたは、自分が嫌われているから全てを壊そうと? ハッ、身勝手な理由だね」
純粋に、あなたに好意を抱いていた人もいたのにね、と、ファナクは彼女に翠玉石の腕輪を見せた。ジルドに頼まれて買ったものだ。ファナクは良く覚えていた。あの日、ジルドは純粋に、ユーキナに恋をしてファナクに買い物を頼んだのだと。ユーキナの周囲には敵しかいないわけではなかった。彼女は自分自身で全てを遠ざけて拒絶していたのだ。
見せられた腕輪に、きょとんと首をかしげたユーキナ。
ファナクはそっと説明してやった。
「これ、ジルドが――僕の幼馴染が、さ。純粋にあなたに恋をして、僕に買いに行かせたものなんだよ。あなたは『味方なんていなかった』なんて言ったけれど、あなたには『味方になるかも知れない人』はいたんだ。それをあなたは焼き殺した。味方がいないことの半分は、あなたのせいなんじゃないの?」
ファナクは知っている。
いくら生まれを蔑まれても、人間は乗り越えることができること。
ファナクもまた、「痛み」を感じる能力によって、村八分にされていたことがある。
けれどある日ジルドが近づいて来た。ファナクはそれを拒絶せず、そっとジルドの手を取った。
しかしユーキナは誰の手も取ろうとはしないで、全てを破壊しようとした。
彼女は思っていたのだろう。価値のない自分なんて死んでも構わないと。けれど自分だけ死ぬのはあまりにも無様だから、自分をみじめな目に遭わせた村を滅ぼしてやろうと。
「くっだらないエゴだね」
ファナクは吐き捨てた。
「そんなエゴのためにジルドを焼いたんだ? みんなを焼いたんだ? あのね、自己憐憫に浸ったままそこから抜け出そうとしないのは如何なものかと僕は思うよ。それでこんなことを起こしたなんて、僕はあなたを許せない」
白の瞳にひっそりと、燃える憤怒の炎が宿る。
ファナクは瞑想した。彼の周囲に、風が集まる。それは先程ジルドにぶつかったものとは違い、吹き飛ばすのではなく引き裂くための、刃の風。
ファナクは呟いた。
「本当は、守るために僕は力を欲したんだ。でもね、あと一度。……僕は復讐を果たすために、この力を攻撃に使うよ」
ちらり、闇神を振り返れば。
闇神はいつの間にか赤眼の鴉の姿になって、「好きにすれば」とでも言うかのように、そっぽを向いてカアと鳴いた。
そんなファナクを見て、ユーキナの翡翠色の瞳に悲しみが宿る。
「私、あなたならわかってくれると思ってたんだけどな。まぁいいよ、ならいいよ。あなたは私の敵になるんだね。それならば――」
ユーキナは両手を水平に伸ばす。伸ばした手の先、生まれたのは二つの炎。
悲哀の中で自分を見失った少女は、言う。
「滅んで、くれるかな。これは私の復讐なんだ、邪魔するなッ!」
炎と、風。二つの魔法がぶつかり合う。
風は炎を吹き消さんと暴れるが、炎は風邪を呑みこまんと猛り狂う。
炎と、風。本来、対抗させるのではなく一緒に使うことで相乗効果で威力の上がる二つの魔法。それが今、ぶつかり合って、互いを滅ぼさんと叫びを上げている。
ファナクは叫んだ。
「滅びよ、災厄ッ!」
ユーキナは叫んだ。
「みんなみんな消えちゃいなさいッ!」
炎と風の衝突は、次第に次第に激しくなって――。
――どこかで鴉が、カアと鳴いた。
次の瞬間。
ユーキナの喉に鮮血が散る。
燃え盛る炎は掻き消えて、彼女の華奢な身体が地に落ちた。
「どうし、て……私、は……!」
瞳に絶望を浮かべて倒れた少女。
その喉から、雲水のように鮮血が噴き上がって、彼女の翡翠を赤く染めた。
彼女の返り血に自身も赤く染まりながらも、ファナクは静かに勝利を宣言する。
「……ジルドの仇は、取ったよ」
それだけ、言うと。
大地に膝をつき、ファナクの身体も倒れた。
限界を超える魔法の酷使。慣れぬ魔法は負担が大きい。
彼の意識は闇に消えた。
◇
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