2 白のファナク
古王国ノイフォス、とある村に一人の少年がいた。その名はファナク。
彼には不思議な才能があった。その才能とは――
「……ッ!」
友達と話している最中、彼は不意に身体を動かした。何かに反応したようだ。
彼の友人は不思議そうな顔をした。
「ファナク、どうかしたのか? また『痛み』を感じたのか?」
「うん……。急に、受信した。その相手、どうしてだろう。ひどい怪我をしているのに、生きるのを諦めているよ。すぐに行かなきゃ!」
相手の言葉に頷いて、ファナクはばっと走りだす。その背を彼の友人が追いかけた。
「おぉい、ファナク! 外は冬だぞ寒いんだぞ! 病弱なお前が上着も着ないで走り出してどうする! ちょっと待て、追いかけるから先に行くな!」
そんな声も気にしないで、白い少年ファナクは走る。彼は感じていた。自分の受信した痛みが徐々に、鈍い痺れへと変わっていくのを。それは死へと向かう予兆。だから一刻も早く行かないと、間に合わなくなる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
激しく息を切らしながらもファナクは走る。元から運動が苦手だった身体が軋み、悲鳴を上げる。それでも彼は走った、ひたすらに走った。今救わなければ間に合わない。そう思って、彼は焦った。
冬の森。道なき道をひた走る。彼の友人の声がする。それでもファナクはがむしゃらに先へと進んだ。
その、先で。
見つけたのはボロボロの、
赤眼の鴉。
彼はその正体を知らない。ただ、先程の痛みはこの鴉からのものなのだと、彼は理解した。
彼はそっと鴉を抱きあげて、ふぅっと大きく息をついた。
その後ろから、ようやく追い付いた彼の友人が声を掛ける。
「ひぃっ、ひぃっ……いきなり走るなよ白坊! 追いかけるの疲れたんですけど! ってかさ、お前さ、普段は足遅いのにそういう時はすっごく早いよな! ……って、鴉?」
ファナクの友人はファナクが大事そうに抱き上げているその生き物に目を留めて、優しげにその目を細めた。
「そっか、こいつだったのか。助けられたんだな。なら良かった」
「ジルド、さっさと帰らないと、死んじゃうよ」
ジルドと呼ばれたファナクの友人は、その言葉にああと頷いた。
◇
家に帰り着いて、様子を見る。「お邪魔しまーっす」とジルドも勝手に、ファナクの家に入っていった。
ファナクの家には誰もいない。この家にはファナクしかいない。
ファナクの能力は「他者の痛みがわかる」能力だ。しかし彼自身はただの無力な子供にしか過ぎないため、わかるだけで、何もできない。彼の家族は皆流行病で死んだけれど、ファナクは自分も病気にかからないよう、家族が死んでいく様を遠くから眺めることしかできなかった。――その断末魔を「受信」し、自身も相当の苦痛を味わいながらも。
ジルドはそうなる前からの友人だ。彼はファナクの境遇を知り、彼の両親もそんなファナクを哀れに思い、ファナクの手助けをするようになった。事実、病気がちなファナクは一人では生活できなかった。そしてファナクは自分のことすら自分で満足にできない自分を歯がゆく思い、そしてまた自分を責めるのだった。
一瞬、鴉を抱き抱えたファナクの身体がぐらりと揺れる。「おい大丈夫かよ」と心配そうにジルドがその身体を支えた。
「身体、辛いなら俺の家に来いよ。親父もお袋もさ、お前のことは歓迎してくれるよ」
「……これ以上、迷惑、かけたくないんだ」
「でもお前が無理したら、その鴉が死んじゃうぜ?」
ジルドの言葉に、ファナクは抱きかかえた鴉を見た。確かに自分一人では何とかできそうにもない。
諦めたように、彼は頷いた。
「……ごめん、ジルド。また、世話になるよ」
「気にすんなって。じゃ、そっちまで行くか。大丈夫か?」
「……うん」
真っ白な髪に真っ白な瞳、真っ白で儚げな衣装。
その姿はまるで、雪の中に消えてしまいそうで危うくも見える。
だからこそ、しっかりとつかむ。消えないように、いなくならないように。
ファナクはそんなジルドの思いを、理解してはいるけれど――。
(僕は、頼ってばっかりだ)
余計な能力、そして無力な自分、助けてもらってばかりの自分。
それを思うと彼は、心苦しくなるのだった。
とりあえず、ジルドの家まで、歩こう。
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます