おちんちん・スナイパー

「飽きたな」


 そう言葉を発したのは一真。

 のぞみを除いた三人が作業を始めてから約二時間半後のことであった。


『新人賞で受賞する』という目標があっても、それに〆切というタイムリミットがあったとしても人間、長時間パソコンをカタカタやっていれば、結構疲れるし飽きも来る。


 そう、適度な休憩を求めるのは生物としての本能だ。なので、


「お前ら、一回軽めのゲームするぞ」


 一真がこう提案したのは自然の摂理といえるだろう。


 だが____


「何言ってるんだ一真、仕事開始からまだそれほど経っていないだろう」


(一真曰く)重度の仕事中毒ワーカホリックな三雲がこともなさげにそう言い放ち、


「私もキャラ全開放するまで無理……はいファルコンパンチ~、勝ち!」


 みかんを食べ終えてからというものの、作業そっちのけで(いや、ノルマはすでにこなしているのだが)大乱〇スマッシュブラザーズのキャラの解放に夢中なのぞみも誘いを拒否。


「ンほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 ……あの変態には聞こえてすらいなさそうだ。というかなにあれ普通に怖い。


 しかし、想定外に反応が芳しくない。


 そこで一真は一つだけ、条件を加えることにした。


「ゲームで一位になったやつには俺が昨日買ったプッチンプリンを一個くれてやろう」


「一真、はやくゲームの内容を決めろ。プッチンプリンが、一刻も早く俺に食べられたいと叫んでいる」


「この日のために5億年修業してきたわ。かかってきなさい」


「流石の変わり身の速さ。二人ともさすがだな」


 食い物が賞品と聞いて、音速で手のひらを返す三雲とのぞみの二人。こうして、息抜きと称されたゲームが行われることになった。


 …………勿論、あそこでハアハア言いながらなんかしている変態は無視で。




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「というわけで"ワードスナイパー"をやろうと思う。異論は?」


「ふむ。息抜きにはちょうどいいチョイスだな。問題ない」


「私もないわ」


 一真の提案が二人にも承諾され、プレイするゲームは『ワードスナイパー』に決まった。


 ルールはこうだ。


 まず、一般に販売されている『ワードスナイパー』セットの中にある50枚すべてのカードを表にして重ねて置き、"山札"とする。


 それぞれのカードの表には『楽器』『固いもの』などと書かれたお題があり、裏面にはそのカードの点数と、何文字かのひらがなが書いてある。

 そして、ゲームが開始されたら、"めくり役"を順番に回していくことになる。


「じゃあめくり役は俺から三雲、のぞみの順な」


 そう言って、一真が山札の一番上のカードをめくった。


 このときめくったカードを山札の隣に置くことで、一枚目のカードの裏面と二枚目のカードの表面が見える状態になる。

 今回、見えたのは1ポイントの『た』と、『楽器』のカードであった。

 これはつまり、『た』から始まる楽器をだれよりも早く言えた人が1ポイントを手にするということを意味する。


「はいっ、『タンバリン』!」


 いの一番に声をあげたのはのぞみであった。

 もちろん、何の異論もなく正解である。


「はっはっは! まずは私が先制したようね! このままストレート勝ちしちゃおうかしら?」


「言ってろ言ってろ。タンバリンとか簡単すぎて言うのにためらっただけだ」


「ふむ、一番精神年齢の低いのぞみに対する慈悲というやつだ。次から本気を出させてもらう」


「なによー!!」


 そう軽口を叩きあって、めくり役が三雲にシフトする。


 次に表示されたのは、3ポイントの『じょ』と『四字熟語』。


 先ほどとは打って変わり、一気に問題が難化した。


 ちなみに、得られるポイントはお題の文字が難しいほど増える傾向がある。


 たとえば比較的単語数の少ない『め』は2ポイント、『しゃ』『しゅ』『しょ』は3ポイント、『あい』『しん』など二文字のものに至ってはなんと5ポイントも得られるのだ。


 しかし、高ポイントのカードを得るのが難しいのもまた事実である。現に、一真ら三人もこの難題の前に詰まっていた。


「じょ……じょ……?」

「そんなのあるかしら……?」

「うーむ……」


 先ほどの威勢はどこへやら、全員が押し黙り、時間だけが過ぎていく。


 そして、


「仕方がない。次のカードをめくってしまおう」


 これ以上は埒があかないと判断した三雲がそう提案する。


「しゃーねーなー、ここまでは出かかってたんだけどなー」


「わたしももうちょっと真剣に考えればわかったのに、勿体ないことしたわ」


「はいはい。じゃあこの『じょ』は残して次行くぞ」


 今のように解答をだれも思いつけなかった場合は、ひらがなのカードはのこして山札を一枚めくることになる。


 めくり役が移り、めぐみの番。表示されたのは『か』1ポイントと『いざという時に頼りになるもの』であった。

 これに、さきほどとばした『じょ』を追加する。するとこの手番の勝利条件は、"『か』か『じょ』で始まる、『いざという時に頼りになるもの』を一番最初に言うこと"となる。


 しかし、このお題もなかなか難しい。にもかかわらず、一真はめずらしく目を輝かせて自信満々に手を上げた。


「はやいな……なんだ?」


 おどろきつつも三雲は先を促す。


「ふっ、これは万人共通の答えだろう」


「もったいぶらずに早く言いなさいよ。もしかして時間稼ぎ?」


「そんなことはないぞ、じゃあ言ってやろう。『兜』だ!」


「あー……?」


「えーーーー??」


「な、なんだよ」


 どうやら一真の答えは二人にとってすぐには納得できないものらしい。


 このゲームには抽象的なお題も数多く存在する。上の『いざという時に頼りになるもの』もその一種で、その答えには少なからず個人差がでるものだ。

 そういう場合は、公式には『全プレイヤーの合意を得た場合のみポイントを得る』とされている。


 そのため、一真は二人を説得する必要があるのだが……


「いざという時に兜があったら心強いだろうが! 兜さえ着れば矢も刀もへっちゃらだぞ!?」


「お前の"いざという時"はどういう状況なんだ」


「というか、普通兜持ってる状況なんて万に一つもなくない?」


「いや、あったらの話だから! あったら使うだろ? 関ケ原とかに参戦できちゃうぞ!?」


「想定が非現実的すぎる」


 そうは言いつつも、その後も続いた一真の熱心な演説のおかげか、最終的には二人ともOKを出した。


「しゃあああポイントゲッツ!」


「途中から反論もめんどくさかったわ……」


「そうだな……もう次に行ってしまおう」


「フハハハハハ雑魚どもが! 俺のターン、ドロー!」


「オイ、こいつムカつくから一発なぐってもいいか?」


「許可するわ」


 こんな感じで、ゲームはつつがなく進行していくのであった。


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 一同、衝撃走る。


 先ほどまでは、三雲が『生きるために必要なもの』というお題で『女王のムチ』と即答し、先ほど飛ばした『じょ』の3ポイントを手にしたこと以外は順調だったはずである。

 ちなみにそのときの審議では"この話題は掘り下げないほうがいい"と判断した二人によって即OKが出された。


 それはともかく。


 この状況はどうしたものか。


 三人の点数は何の因果か拮抗しており、山札はラスト一枚。

 このゲームは山札が切れると同時に勝敗を決するため、実質的にこのお題を制した者が勝者となる。


 だが、お題が問題なのだ。




 "『ち』から始まる、『すぐ大きくなるもの』" 




 アレしかない。


 アレしかないだろう。


 もうアレを言うほかない。




 今まででとばしたひらがなはいくつかあり、それに逃げることもできるにはできる。


 だが、それは"試合には勝っても勝負には負ける"というものだ。空気が、そう三人にささやいていた。


 さらに、ここで"ちくわ"とか"稚児"などといえば、それこそ興覚めだ。プッチンプリンなんてとてもじゃないが受け取れないだろう。


 もはや勝負の内容は完全に変わった。この静まった空間で挙手し、そしてアレを言わなければならない。


 普段四人の間で下ネタを言うことに躊躇なんてしたことないのに、こういった空気になるとなんと言いづらいことか。 


 三人の思考は一致する。これは"漢"を示すゲームだ、と。




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 そして、一人が手を上げた。


 勇気あるその行動に、残りの二人は黙って英雄の誕生を待つことしかできない。


 そして、"英雄"は厳かに口を開き____





『……ちんこっ…………! これで、いいんでしょ……?』




 その言葉に聴衆は涙し、拍手を送る。


 プッチンプリンはのぞみの手に渡った。







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