第3話
茜色の空に雲がかかって、ピンクに染まっている。西に向かうということは、太陽が高くなり、暑くなるということ。
「タイは砂漠に近いんだっけ」
「そうです。太陽に温められて上昇した空気が雨を降らし、乾燥したあとで吹き下ろすのが砂漠地帯。そのすぐ外側」
「暑いんだろうね」
「ふふーん」
ブレイクとサッカーの会話を聞いていたらしいユリンが、ワンピースを脱ぎ始めた。今は女同士と言ったって、中身は男だって言うのに。ブレイクは目を逸らす。
「どこ見てるの。こっち見て」
いや、まずいって。中身は男なんだから。
「風でこの飛行機押し戻してやろうか」
「わっ、バカやめろ」
つい、顔を向けてしまうと、ユリンは水着姿だった。下着ではないみたい。ポニーテールにしようと、ゴムを口にくわえて、手は髪をまとめている。
ユリンの実家で魔物の肉のバーベキュー大会をしたときはアルコールを飲んで酔っていた。成人しているはず。だけれど、これはなんだ。ビキニではあるけれど。見てはいけないものを見てしまった気分。温泉では見ないように気をつけていて、しっかりとは見なかったから気づかなかった。
「水着姿を見せてどうするつもりだ?」
「褒めてもらおうと思って。どう?」
ポニーテールを揺らして、くるりひと回り。
褒めなくちゃいけないのか。これは新たな難問だ。やっとリーマン予想が解決されたというのに。
「うーん、そうだな。そう、もぎたてのキウイみたいでいいんじゃないか」
無表情。ステッキはシートと機内の壁にはさまって立てかけられている。
「キウイってトリの方じゃないでしょうね」
「フッルゥーツの方に決まってんだろ?」
「よくわからないんだけど、キウイみたいってどういう意味?」
「えっとぉ、瑞々しくて、甘くて、おいしい。食べちゃいたい」
「いやーね、エッチ」
形ばかり手で胸を隠した。ふう、やれやれ。嫌な汗をかいてしまった。
「今どのあたりを飛んでるのかな。けっこうきたんじゃないか?」
窓から下をのぞく。海が青い。もうすぐかもしれない。視界の半分は飛行機の翼で覆われている。エンジンから火があがる。火が広がってエンジン全体を包む。黒く焦げてゆく。
「なあ、ユリン」
「なによう」
「エンジンは燃えないよな」
「わたしに聞かないで、メカ弱いんだから」
うん。それはそうだ。ただ、なぜ目を合せないようにしているんだ?
「サッカー、あれヤバいんじゃねえの?」
サッカーの反応が返ってこない。ブレイクは窓を離れ、サッカーの席へ。サッカーはリクライニングした席で白い顔をしていた。死んでいる。
「ぎゃー、ユリン。どうしよう。サッカーが死んでる」
「ブレイク。勝手にサッカー殺さないでくれる? 死んでるー! 殺されてるー!」
ユリンはブレイクのとなりでへたりこんでしまった。
ばっしゃー。
水が飛行機の窓にぶつかってきた。今度はなんだ。
『当機はエンジン一基の故障により、のこり一基での飛行となります』
ああ、そうだろうよ。燃えちゃったもんな。飛行機の警告音声にツッコんでおく。
『当機は嵐に突っ込みました』
おい! そこは突っ込まないでくれ。なにやってんだよ。窓の水は、すると雨と風か。
『コントロールを失いました。間違いなく墜落します』
そんな保証はいらないから、もうすこしガンバレよ。あきらめ早すぎるだろ。
ブレイクは、飛行機が墜落しつつあることを体をもって感じた。
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