第6話 深まる疑問
「おまえは──」
唖雅沙は舌打ちの代わりに、溜め息をついた。
「なんで貴様がここにいる、夜霧」
大雅はいつものように、「よっ!」と元気そうに笑う。普段と違うのは、報告にあった通り怪我を負っているところだろう。全体的に包帯で巻かれていて、下手したら季節外れの仮装のようだった。
「何の用だ。今日は休むように言ったはずだが?」
「いやー、なんか分かったかなぁって。俺が闘った妖怪について」
そういって、無事な右手のみ頭の後ろに組んだ。唖雅沙は仕方なくスマホを取り出すと、メールのファイルを開いた。しかし、大雅のいう昨日の事件についての報告についてのものはない。
「ないな」
「マジ?」
「ああ。炎を操る女の妖怪で、陰陽術を使い、そして影に消える……炎を使うだけでも多くの妖怪が候補に入る。それに、陰陽術を使うということは契約者がいるはずだ」
陰陽術とは、陰陽五行説を理解し得たものが扱う術である。陰陽五行説とは、万物が陰と陽の二つの気から生まれる陰陽思想。そして、万物は五つの元素「木・火・土・金・水」から形成されているという五行思想が組合わさったものである。
この二つを理解し、自身が持ち得る元素を利用することによって術を行使することができるのだ。
「だけど、妖怪が陰陽術を使うなんて聞いたことないぞ」
「ああ、普通はな」
彼らはこの此岸の存在ではない。本来なら狭間で生きるべき存在であり、陰陽思想でいえば陰の気のみしか持ち得ないだからである。陰である彼らに陽はなく、陰陽術を使うことができない。そのため陰陽師と契約し、陽の気を分けてもらうことで此岸に存在できるようになる。そうすることで、術を使えるようになることは理屈的に可能だ。
「なら、契約者に仕込まれた可能性があるってことか」
「だな。なんにせよ、そいつの狙いが神野であったことが気がかりだ」
松曜といい、その陰陽師といい、なぜ彼女を重要視するのか。確かに同年代のなかでも戦力的にトップクラスだが、それだけだ。秀でた何かがあるわけではない。
考え込んでいると、「あのさ」と言いづらそうな声で呼ばれる。唖雅沙は、とりあえずその問題を置いておいて、大雅の方を見た。
「なんだ?」
「もしものことなんだけど……」
「ああ」
「翼が任務を辞めるって言ったら、どうなる?」
「……言いそうか?」
大雅は首を振ると、視線を落とす。
「だけど、おそらく……迷ってる」
その言葉に唖雅沙は目頭に手をやる。
度重なる軍旗違反に命令違反の常習。それに加え、やはり隊員に怪我を負わせたのが決定的となってしまったのだ。
本来なら降格、及び地下牢に投獄した上で数日謹慎すべきという意見まで出ていた。それを緋鞠の調査で帳消しにしているようなもの。しかし、やめるということは──。
「あいつを追いつめたいのならかまわん」
「そんなにか?」
「好き勝手やり過ぎたということだ。始めに所属した部隊でも、抑えてはいたみたいが結局は暴走。どの部隊にも馴染めず、結局おまえが引き取っても変わらなかったではないか」
「それが変わろうとしてるとしたら?」
「まさか」
唖雅沙はありえない、と失笑する。
どんなに言っても、罰が与えられても変わらなかった。いつも反抗的な態度で、他の部隊の邪魔になっていた。それが、なぜ今になって。
「言っとくが、別にあいつはそこまで悪ガキじゃなかった。ただ周りの見る目が色眼鏡だっただけだ」
「だとしても、今さらだ。お前が言うとおり、三國の人間というだけであいつは腫れ物扱いをされてきた。だが、それが我々が生きる世界だ」
千年という長い期間を経て作られてきた、歪んだ世界。一生変わらないだろう、この世界でそれでも生きている人間がいる。なら、結局は長いものに巻かれるしかないのだ。
「上からは神野の調査で帳消しにしてやる、とまで恩情をかけられているのだ。まだいいと思え。期日も迫っている。さっさと終わらせろ、と伝えておけ」
ふんっと鼻を鳴らすと、話は終わりだというようにしっしっと手を払った。しかし、大雅はその場から動かず、俯いて何かを考えているようだった。
「おい、まだ何かあるのか」
「やっぱりおかしくないか?」
「……どういう意味だ」
唖雅沙は不快感を示すように眉を潜める。
「おかしいだろ。たった一人の、しかも一般人だった人間の調査で、それだけの罪が帳消しできるか?」
その点については、唖雅沙も疑問に思っていた。しかし、上からの通達なのだ。下手に口を出せることではない。
「だが、おまえはそれだけの効力がある任務だから三國に割り当てたのだろう?」
「いや、始めはそんなこと言われなかった。俺が司令部から取ってきたときは、そこら辺の周辺警備と同じくらいの実績しか認められなかったはずだ」
「なに?」
さほど重要でもなかった任務が、突然変わったということか。しかし、唖雅沙が松曜から詳しく聞いたときには、すでにそれだけの効力を持っていた。
「なぁ、本当は知ってて上のやつらは調査させてんじゃねぇのか? そうだな、例えるなら──答え合わせ」
上げた顔に浮かんでいたのは、いつものふざけた態度ではない。この見透かすして睨み付けるような表情、怒っているときのものだ。
しかし、唖雅沙は相手にせず話にならないと首を振った。
「分かっているなら調査する必要なんてないだろう」
「じゃあ誰が指示した?」
「知らん。機密事項だ」
「……わかった」
すると、大雅はすたすたと歩き出す。あまりにも素直に引き下がり、違和感を覚えた。
「どこへいくつもりだ!」
黙ってどこかへ向かう大雅を追いかけた。一つ下の階を降り、突き当たりの角を曲がる。そこは、いつもなら生徒会が使用している部屋だ。
中は簡易のモニタールームも完備されている部屋で、暁司令部を模した部屋となっていた。確か、今日はそこで二年生が模擬試験の監督をしていたはず。
しかし、大雅はなんのためらいもなく、ドアノブを掴んだ。
「おい! 今は使用ちゅ……」
唖雅沙は言葉を止めた。中には数人の生徒が驚いた顔でこちらをみる。しかし、唖雅沙はそれに対して驚いたのではない。
モニターの前、そこに座っているはずの生徒がいない。
「あいつ! どこへ行った!?」
唖雅沙は怒りで顔を真っ赤にすると、近くにいた生徒が半分怯えながら答えた。
「それが──」
~◇~
「はーい、そこまで」
初めて聞く、男性の声。
緋鞠が振り返ると、蜜柑色のウェーブがかった髪をした軽薄そうな男が立っていた。男は握っていた手をぱっと開く。その手には、一枚のトランプが現れた。
「さぁ、良い子はおやすみの時間だよ」
突然視界がぐらっと揺れて、意識が闇の方へと飲み込まれそうになる。地面に倒れ、起き上がろうと力を込めるが、まったく動けない。
「ごめんね」
そうして、体が風に包まれるような感覚と、無音の世界が広がった。
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