第10話
朝の爽やかな陽光が差し込み、庭木の間からきらきらと光が降り注ぐ。緋鞠は飛び石の上を、機嫌よくスキップを踏みながら歩いていた。
澪に診察をしてもらい、経過は良好。危惧されていた今夜の模擬試験の参加も許可された。
(チームがどうなるかまだわからないけど、今夜はばっちり闘えるぞ!)
久々の戦闘だ。体が鈍ってないといいけど、昼間からきちんと体を動かしておけば問題ないだろう。
軽く腕を構えて、拳を放つ。あまり打撃系は効かないって聞いたけど、今までの経験上、怯ませるには有効そうだ。
軽くウォーミングアップを終えて、ふぅと息を吐いた。ちらりと、蔵の方を見る。まだ銀狼は出てこない。
(大丈夫かな? でも、信じるって決めたし……)
このまま待っていたら、決意が揺らいじゃいそうだし。一度部屋に戻って着替えよう。そうだ、皆の分の朝食でも作ってみようかな。
孤児院にいた頃は、なぜか八雲と料理上手な弟に料理することを止められていたのだ。一度料理して出したっきり、何がなんでも全力で。
今思えば、確かに見た目はちょっと悪かったかもしれないけど……。ずっと止めるなんて失礼しちゃう。
最近は翼の手伝いもしているし、見た目も問題なくなっているだろう。
──よし、頑張ろう!
早速着替えて台所に向かうと、廊下で人影が見えた。
「おはよ……って、どうしたの!?」
そこにいたのは、全体的に包帯でぐるぐるに巻かれた大雅だった。左手はギプスで吊るされており、顔にもガーゼが貼られている。見ていて痛々しい姿に、緋鞠は青ざめた。
「ああ、これ? 転んだ」
「どこで!? そんな危険な場所があるの!?」
「あるある。気をつけろよ」
「ええええ!?」
もうわけがわからない。当の本人は、いつも通り眠そうに欠伸をこぼしている始末である。
澪が治療を施してこの状態だとすると、長くかかる傷なのかも。寝かせておいてあげたほうがいいかもしれない。でも──。
ぐるぐると思考が空回り、目を回しそうになる。そのとき、頬に手を添えられた。
驚いて顔を上げると、ぐいーっと餅のように引っ張られる。
「おー。伸びる伸びる」
「な、なひしゅるにょ!」
ムキー! と怒りを露にすると、ぱっと離された。すると、今度は勢いよく頭を撫で始める。加減なしの全力なでなで。髪がぐしゃぐしゃになる。
「ちょ、髪がぐしゃぐしゃになる!」
手から逃れるように距離を取ると、大雅はきょとんと不思議そうな顔をしていた。一体何だというのか。
そうして眉を潜めると、首を捻る。
「……やっぱガキはわからねぇ」
その呟きに、緋鞠は肩を落とす。
ガキって……まぁ一回り違えば子供だろうけど、別に子守りのようなものを要求した覚えはないのだが。
「もう、なんなの? 転んで頭おかしくなった?」
「ひっでぇ! やっぱ慣れねぇことはするもんじゃねぇな」
そういって、ペタペタと裸足でどこかへ向かう。緋鞠も同じ方向に用があるため、髪を手櫛で直しながら付いていくと、着いたのは台所だった。
水でも飲むのかと思えば、真っ直ぐ調理台に向かい、まな板と包丁を取り出した。
「あれ? 料理するの?」
「ああ、食いたいもんがあってな」
「その手じゃ無理じゃない?」
「いけるいける」
どこからその自信は来るのか。冷蔵庫から葱を取り出して、片手で切ろうと包丁に手を伸ばす。緋鞠は見ていられなくて、勢いよく手を上げた。
「はい! 私が作る!」
「え? いや、作り方知らないだろ」
「じゃあ指示して。作業は私がする」
納得した大雅は、隣であれこれと必要な物を述べる。
材料は葱、玉葱、大根といったシンプルなもの。それを刻んで、湯を沸かした鍋に入れる。具に火が通るのを待つ間、大雅に聞いてみた。
「これ、なに作ってるの?」
「んー……味噌汁的ななにか」
「それ、絶対味噌汁じゃん。なら水からじゃなくて、お出汁使ったのに」
「いいんだよ。出汁使ってなかったから」
(出汁を使ってない?)
もしかして、誰かに教えてもらったものなのかも。なら、仕方がないか。
そうして、仕上げに言われた調味料を入れる。味噌とお塩といった、やはりこれといって変わった所はなかった。
しかし、味見をして状況は変わった。
「うーん……」
なんといったらいいのだろう。別に悪いわけじゃないけど、手放しでいいと言えるわけではない。本当にこれで合っているのか?
眉を潜める緋鞠を見て、大雅も味見をしてみる。すると、ぱあっと顔を輝かせた。
「これこれ、この味」
どうやら合っていたらしい。喜んでもらえたならよかった。
しかし、これまた予想外の質問が飛んできた。
「まっずいだろ?」
本人もそこは自覚しているらしい。しかし、そんな風に言えるわけもない。緋鞠は少しオブラートに包んだ。
「まぁ微妙だけど」
「だろうな」
「でも」
慌てて言い直す。別に世辞を言おうとしたわけではない。だけど、なんだかこの味は悪く思えなかったのだ。どことなく暖かくて、誰かを思い出しそうな──。
「なんか、懐かしい味だなって」
そういって、宝物をみつめるように笑う緋鞠を見て、大雅もまた同じように笑った。
自分の知っているあいつと、彼女が大事にしている兄。どちらも変わりがなかったことがわかったから。
背後で引き戸が開く音がする。緋鞠は振り返ると、京奈がにこにこしてこちらを見ていた。
「今日はまりまりが作ってくれたの?」
「え、あ! まだ味噌汁しか作ってない!」
「いや、それもまだだろ。もう少し味を調えたほうがいいぞ」
「いいの?」
「もう満足したし」
緋鞠は少しもったいなく思ったが、手直しすることにした。大雅はその場を離れると、京奈の隣に並ぶ。京奈は察すると、もう少し近寄って耳を傾けた。
「やっぱ、面倒見ることにしたわ」
「そう」
ふふっと笑って頷く京奈を見て、首を傾げた。
「わかってたのか?」
「だって、あなたが面倒をみないところなんて想像がつかないもの」
京奈はいつものおちゃらけた態度は消して、年相応のきれいな笑みを浮かべた。
「あなたは優しいから」
それを見て、落ち着かなくなった大雅は視線を逸らす。相変わらず、すべてお見通しで、やっぱり敵わない。
「これから頑張ってね、お兄ちゃん?」
「いや、あいつに師事していたことを言うつもりはない」
「どうして?」
聞かれて、めんどいと答えた。あいつのこと、根掘り葉掘り聞かれて話すことを考えただけでぞっとする。そもそもあいつを、そこまで好きになった覚えはない。
すると、京奈はわかったと手を叩く。そうして少し意地悪そうに笑って、耳元にそっと囁いた。
「比べられるの嫌なんでしょ?」
「ちげーし!!」
後ろで大声が聞こえたものだから、緋鞠は驚いて振り返った。
「え、なに? やっぱり味変えちゃダメだった!?」
「え? や、ちが」
「わー! 隊長わっがままだぁ~」
「あ、こら待て!」
京奈が緋鞠を盾にして、それを大雅が追いかけての大騒ぎ。正直料理どころではない。
だけど、なんだかその騒がしさが楽しくて、緋鞠は堪えきれずに笑ったのだった。
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