第9夜 模擬試験(前編)

第1話

 緋鞠はいつもの制服に着替えると、鏡の前でくるりと回る。乱れているところも、汚れているところもない。

うん、ばっちり。

 いよいよ、今夜の模擬試験についての説明会だ。


(できれば琴音ちゃんと。それと翼の助けになれるように、同じチームになれればいいな)


 チーム申請をしていなかった翼は、先生たちが実力に合わせた生徒と組ませるかもしれないけれど。でも、その方が心配ないのかな?


 そう考え込んでいると、襖が開けられる。振り返ると、部屋の外で待っていた銀狼がいた。


「ごめん、遅かった?」

「いや。唖雅沙が訪ねてきて、緋鞠を呼んでこいと」

「唖雅沙さんが?」


 何の用だろう。まさか、昨日の地下牢行きへのお説教だろうか。

 朝からあの鬼のような説教を受けることになるなんて、考えただけで落ち込んでくる。重い足取りで居間へと向かうと、そこには話を聞いていた唖雅沙と予想外の人物、琴音が座っていた。

 緋鞠は琴音の姿を見ると、憂鬱な気分はすぐに吹き飛んでいった。琴音は緋鞠が入ってきたことに気づくと、すぐに駆け寄ってくる。


「緋鞠ちゃん! 大丈夫ですか!? 昨日生徒と揉めたって聞いて。私、心配で……」

「大丈夫だよ。全然平気!」

「本当に? 嘘ついてません?」

「本当だよ」


 琴音は緋鞠の周りをじっくりと観察し始める。緋鞠は何をいっても無茶をやめない、怪我に関して大したことないという癖がある。そういった経験から、琴音は自分の目で確かめるのが習慣となり始めていた。


 緋鞠は琴音のその視線に、これは気が済むまでやめなさそうだと肩をすくめる。とりあえずされるがままになっていると、唖雅沙と目が合った。


「朝からすまんな。にしても、本当に貴様は話題に事欠かないな。いっそコメディアンになったらどうだ?」

「そういった面白い話題は持ってませんよ。それに何度も言ってますが、好きで巻き込まれているわけではありません」

「知っている。巻き込まれ体質は大変だな」


 唖雅沙は口でそういっても、絶対に微塵も思っていなさそう。呑気にお茶を飲んでいる。


「それで、何のようですか? 学校に遅れちゃいます」

「午前は休みだぞ」

「え? 説明会は?」

「それは昨日だ。おまえが地下牢にいた間に終わったぞ」

「うっそぉ!?」


 琴音を見ると、気まずそうに頷く。

 なんということだ。まさか、説明を聞かずに試験を受けなければいけないなんて。

 膝から崩れ落ちると、唖雅沙は鼻で笑って首を振る。


「だから、私がこうして出向いてやったんじゃないか。わざわざおまえのために、説明をしてやろうとな」

「そうなんですか!?」

「そうだ。そしておまえを心配して、私をよこした松曜さまに感」

「ありがとう、唖雅沙さん!」


 わーい、と両手を広げて、唖雅沙に抱きつく。予想外の出来事に、唖雅沙は驚いて手に持っていたお茶を落とすところだった。


「なっ!? くっつくな!」

「いいじゃないですか、同性ですし」

「おまえは子供か!」

「風吹さん。緋鞠ちゃんは子供ですよ?」

「そうそう!」

「そうじゃないわ! あーもう! 三國はまだか!?」


 すると、ちょうど翼も部屋に入ってきた。唖雅沙に抱きつく緋鞠と、それを剥がそうと奮闘する唖雅沙を見て、若干引いたような表情をする。


「……席外すか?」

「外すな馬鹿! むしろこっちを剥がすのを手伝え!」

「ちっ」


 緋鞠は拗ねたように舌打ちして、唖雅沙から離れる。どうやら、これで全員らしい。

 四人で座卓を囲むと、唖雅沙が話を切り出した。


「おまえたちに集まってもらったのは他でもない。今夜の模擬試験についてだ」


 真剣な顔で、全員話に耳を傾ける。唖雅沙はそれを見て頷くと、翼の方を見た。


「三國。おまえは蓮条と剱崎、二つのチームと競い合うことになっているが、間違いはないか?」

「ああ」

「では、チームについてだが」

「それについて、俺から話がある」


 そういうと、翼は背筋を正した。閉じている手は固く握られていて、緊張しているようにも見える。

そうして、翼は真剣な表情で、緋鞠と琴音の二人を見据えた。


「二人とも、俺とチームを組んでくれないか?」


 驚いて見返すと、翼は取り繕うように続ける。


「嫌なら断ってくれて構わない」


 緋鞠は翼の手に自分の手を重ねた。驚いて、少し見開かれた碧の瞳と目が合う。


 初めて、ちゃんと頼ってくれた。そのことが嬉しくて、緋鞠はあふれんばかりの笑顔で返事をした。


「喜んで! 一緒に頑張ろうね!」


 丸くなっていた目が細められ、固く握りしめられていた手の力が抜ける。翼が手を開こうとすると、その間に黒い影が滑り込んだ。

 もふもふの小さい毛玉。ポメラニアンサイズの銀狼だった。


『仕方ない。俺も手伝ってやろう』


 そう、棒読みで呟きながら。

 緋鞠は珍しく協力的な銀狼を褒めるように、そのまま撫で回す。


「さっすが~。よろしくね」

『任せろ!』


 それを無意識に冷ややかな目で見る翼と、真っ向から主にバレないように睨み付ける銀狼。

 二人のバチバチとした睨み合いに、緋鞠は気づかずに琴音を見る。


「琴音ちゃんは?」


 琴音はぐっと親指をたてると、全力で頷いた。


「私も大丈夫です! 参加します! 何があっても!!」


 すごい気合いだ。珍しく琴音の愛らしい目はギラギラと光り、頬は赤く染まっていた。若干子供のように、見るからに興奮状態であるのは気になるけれど。


 ……もしかしたら、風邪を引いているのかな。


 一見元気そうでも、突然熱を出して倒れてしまうことがある妹を思い出してしまう。緋鞠は琴音の体調について、注意して見ておこうと思った。


「無理はしないでね?」

「今しなくていつするですか!!」

「そこまで!? 琴音ちゃん、これ授業だから! 無理しないで!」


 そんな全員のやり取りを見て、唖雅沙は軽く頭痛がした。一応、教師陣として選んだメンバーと同じになって、安心できると思ったのに。


(……若さ故か?)


 はぁとため息を吐いて、目頭を軽く揉み込んだ。

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