第6話

「緋鞠ちゃん、遅いな……」


 下駄箱の前で琴音は緋鞠を待っていた。

 終業のチャイムがなってから、三十分も経っている。何かあったんだろうか?


 ドドドッ──!


「?」


 地響きのような音が近づいてきた。

 不思議に思った琴音は、下駄箱の陰から顔を出してみた。


「ええっ、緋鞠ちゃん!?」


 大勢の生徒に追いかけられていた緋鞠が、琴音に気づき涙をだばあっと流した。


「琴音ちゃんんんん!!!」


 緋鞠は琴音の手をひっつかむとそのまま昇降口を飛び出した。


「銀狼、来てぇぇぇ!!」


 右手に淡い光が宿ると、ぽふんっと小さな煙が上がり銀狼が現れた。


「緋鞠、どうし……って、なんだこの状況!?」

「早く乗せて!! 空に逃げるよ!! 琴音ちゃん、さあ、早く!」

「はい!」


 巨大化した銀狼は、緋鞠と琴音を背中に乗せると、空に向かって駆け出した。

 空の上から振り返ると、緋鞠を追いかけていた生徒たちの姿がだんだんと小さくなっていく。さすがに空までは追いかけてはこないようだ。


「助かった……」


 はあ~と大きな息を吐き、緋鞠は銀狼の背中に寝転ぶ。

 

「緋鞠ちゃん、いったいどうしたんですか?」

「ん~それがね……」


 緋鞠はクラスであったことを琴音と銀狼に話す。

 瑠衣の宣戦布告後、翼と大雅と別れた緋鞠がカバンを取りに教室に戻ったところ、クラスメートたちに見つかって追いかけられた、と。


「それは、災難でしたね……」

「あの小僧、ひとりで逃げたのか!」

「うえーん、琴音ちゃーん。怖かったよおお」


 琴音に泣きつくとよしよしと撫でられる。


「まあ、蓮条さまと剱崎さまの御家は仲が悪いですからね」

「なんで……?」


 首をかしげると、琴音がお馴染みのキャスケットにメガネ姿で、愛用の手帖を手に講義を始めた。


「まず蓮条瑠衣さまは、本家“蓮条"の御令嬢です。蓮条家は代々、当主となる方に能力が授けられます」

「能力?」


 琴音は自身の瞳を指で示す。


瞳術どうじゅつと呼ばれる、陰陽術を宿した瞳です。御家が先祖代々研究して手に入れたもので、他家にはない独自の秘術ですよ」

「自分の眼に術をかけるの!?」

「いえ、生まれたときから備わっているものらしいです。なんでも、当主になる資質のある人間にしか現れないんだとか」

「ってことは、次期当主ってこと?」

「そういうことです」


 そんなにすごい人だったんだ。

 興味津々の緋鞠の様子を見て、琴音は手帖を広げて見せてくれた。


「蓮条家の持つ瞳術は千里眼。能力は過去視です」


 ボールペンで棒線を引くと、過去・現在・未来と書き込む。そして過去の上に蓮条と加えた。


「対象となる人間の瞳と一定時間、合わせることで過去視ができます」


 緋鞠は瑠衣と初めて会ったときのことを思い出した。


(あの時、動けなくなったのも、それの影響?)


「続いて、剱崎来栖さま。こちらも本家“剱崎"のご子息です。蓮条家と同様に瞳術で当主が決められます」

「てことは、剱崎くんも眼に何らかの能力を持っていて……」

「はい、次期当主ですね」


 どうりで、どちらもお育ちが良さそうなはずだ。


「剱崎家が持つ瞳術は、千里眼。能力は未来視です」

「へえ、同じ千里眼なのに、能力が違うんだね」

「そこがポイントなんです!」

「お、おう……?」


 琴音のメガネがきらりーんとが輝く


「では、ここで問題です。どうして同じだと問題になるのでしょうか?」

「え!? えーとぉ……」


 どうしてと問われても、何も思い浮かばない。


『どちらが千里眼の本質かでもめているのか?』

「銀狼さん正解です!」

「おお、銀狼すごい。よくわかったね!」

『どちらが祖かでもめる、なんてことは神々の間でもたまに起こるからな。同質ならなおさらだ』


 銀狼は何を思い出したのか、少々疲れた顔をした。琴音は千里眼の下を枝分かれにして未来、過去と書き加える。


「元々千里眼は千里先を見通す能力。つまり、時間や空間など手の届かない先を見通すものであると定義づけられていました。そこに研究を重ね、未来と過去に辿り着いたのが両家です」

「ふむふむ」


(だからあのとき、過去やら未来やら言っていたのか)


 しかも、次期当主ともなれば、将来は家を背負っていくことになる。それならライバル同士、仲が悪いのは分かる気はするけれど……。


「なんで他の生徒はふたりを推すの?」

「うーん……学級委員などの権力を手に入れるのに力を貸せば、恩恵を得られると思っているのではないでしょうか」

「それだけのために、あんなに必死なの!?」


 そもそも学級委員が、権力ってなに?委員長なんて、教師の小間使いみたいなものじゃないか。

やはり、緋鞠には到底理解できない世界である。


『そろそろ着くぞ』


 銀狼の言葉に見下ろせば、マンションのような学生寮が見えてくる。


「まっすぐ寮に着いちゃったけど、いいかな?」

「はい! 送ってくれてありがとうございます!」

「こっちこそ。いろいろ教えてくれてありがとう」


 じゃあ、またね、と寮の前で琴音と別れた緋鞠と銀狼は、そのまま桜木邸へと向かった。

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