第5話

 終業のチャイムが鳴り響き、多くの生徒たちが廊下へと出て来た。今日はもう授業がないので、生徒たちの表情は明るい。


 そんな中、一年壱組の生徒だけが険しい表情をしていた。


「おい、いたか!?」

「いや、こっちにはいない!!」

「ちょっとー! どこに行ったのよ!!」

「出て来い! 神野緋鞠ー!!」


 茂みがかさっと小さく揺れたかと思うと、ひょこっとアホ毛が顔を出した。

 そのまま周囲をうかがい、完全に静かになったところで、今度は緋鞠が茂みから姿を現した。


「はあ〜とんだ災難だった……」

「――俺への謝罪が先だろう?」


 緋鞠は恐る恐る背後を振り返ると、翼が緋鞠を肩を掴んでいる。

 絶対零度の視線を向けられ、緋鞠はぶるりと全身を震わせた。


「つ、翼には悪かったと思うけど、すべての原因は大雅さんだよ!」

「違うだろ? 巻き込んだのはおまえだ……!」


 顔をがつっと鷲掴みにされた。いわゆるアイアンクローとかいうやつだ。


「いだだだっ! ごめん! ごめんってばああ!!」


 万力で締めあげられるような痛みって、こんなかな?  緋鞠は痛みに意識を朦朧とさせながらも悲鳴をあげる。


「だって、クラスのみんなが納得するような実力ある人が、翼しかいなかったんだもん! それに、あのクラスの中で私の唯一の知り合いだし!」

「おまえなんか、助けるんじゃなかった!!」

「ひどい〜!!」


 翼にすると宣言したあとのクラスメートたちの表情。

 甘口カレーを頼んだのに激辛がきてしまった感じだった。だが、緋鞠は後悔していない。あの場では、それが得策だと思ったからだ。


 ガサガサッ

 

 はっ! と身体を強張らせるふたりの前に現れたのは大我だった。

 大雅もクラスメートたちから逃げていたのか、あちこちに葉っぱが付いていた。


「「大雅!」」

「あーとうとう神野にまで呼び捨てか……」

「大雅のせいで、クラス中を敵に回すことになったんだからね! 反省しなさい!」

「なんでおまえは問題しか起こさねぇんだ!」


 緋鞠は大雅の向う脛をがつがつと蹴りつけた。

 続く翼は大我の背中をげしげしと足蹴にする。


「いででででっ! こら、おまえら!! やめろ!! 俺は教師だぞ!!」

「知るか!! はよ土に還れ!!」

「骨は拾わねぇからな!」

「いやいやいやっ、俺も考えがあってお前にしたんだって!」

「考え?」


 緋鞠と翼は顔を見合わせた。

 大雅はふっふっふっと、意味ありげに笑う。


「神野のように平等に見れるヤツが、学級委員をしたほうがいいかと思ったんだよ。どちらかの派閥が上に立てば、もう片方は抑圧されて立場がなくなるだろう?」

「う、まぁ……」


 派閥は二分。リーダーである蓮条と剱崎を絶対としているような雰囲気であった。


「とにかく俺は降りる。あとはどうにかしろ」

「――おや、それは残念だ」


 その声に振り返る。

 気配にまったく気づかなかった。いつの間にか瑠衣が立っていた。


「せっかく三國家当主と張り合えると思ったのに」

「興味ねぇ」


 翼が瑠衣の横を通り抜けようとすると、瑠衣は肩をすくめてみせる。


「さすがは、情で繋がった御家は違うね」


 その言葉に翼は足を止め、顔を瑠衣へと向けた。その瞳には怒りが満ちていて、緋鞠は思わず身をすくませる。


 颯月を手にした翼は、瑠衣の首元へと切っ先を向ける。


「……てめぇ死にたいのか」

「やってみたまえよ」

「翼、やめて!! 月姫!!」


 余裕の笑みを浮かべる瑠衣に、翼は突きを繰り出す。加減なしの一突きに危険を感じた緋鞠は月姫を具現化させる。


(間に合わない……!)


――ガキィインッ!


 目には見えない何かが、その一撃を受け止めた。空間が揺らぐと、カーテンが落ちるように景色が変わる。ふたりの女生徒が翼を阻むように、瑠衣の前に姿を現した。


「……瑠衣さまぁ。挑発しすぎるのは、悪い癖ですよぅ」


 綿あめのような桃色の髪に、リボンのカチューシャをした少女がおどおどしながら瑠衣をたしなめる。可愛らしい見た目に反し、大男が余裕で隠せるほど巨大な盾を持っている。

翼の攻撃を受け止めたのは、おそらくあの盾だ。


「貴様! 誰に向かって槍を向けている!?」


 もうひとりは、猫のようなつり目の栗色のショートヘアの少女であった。剣の柄に手をかけた状態で翼を威嚇する。


「まあまあ、落ち着いて。僕は大丈夫だから」


 瑠衣は女生徒たちの肩を軽く叩いた。武装を解除させると、ふたりを下がらせる。


「先ほど剱崎と話し合ってね。三日後の模擬戦で一番になったチームが、学級委員の座を勝ち取るということにしたんだよ」

「担任の俺の意見は?」


 口を出す大雅をちらとも見ず、瑠衣がポケットから書類を出し大雅へと渡す。横から覗き込むように見ると、数人の教官の直筆と印が押されていた。


「教官方に、我がクラスの現状を説明したところ、快く同意書にサインをくれたよ。チーム分けも僕らのチームだけは、融通してくれるそうだ」


 瑠衣はふたりの女生徒の肩に手を置いた。


「えっ、それずるくない!?」

「これが特権というやつだね」


 非難する緋鞠に向かって、瑠衣は微笑む。


「さて、君はどんな手札カードを選ぶのかな? 楽しみにしているよ」

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