第7話

 空から桜木邸が見えたところで、銀狼はゆっくりと降下した。


 門の前に降り立つも閑静な住宅街のため、騒ぎにもならずにすんだ。

 もっとも大和では、日常茶飯事なのかもしれない。今も空を見上げれば、白い布の妖怪である一反木綿が段ボールを片手に飛んでいる。


「そういえば、銀狼。ちゃんと手続きはできたの?」

『もちろんだ。その証拠にほら』


 銀狼が差し出した左前足に、空色の腕章が付けられていた。金字で交通許可証と書かれている。


「うわ……」

『ふふん。なかなかセンスあるだろう』

「そ、そうかなあ?」


 緋鞠が首をかしげていると、キイ、と音を立てて門が開く。

 中から一羽の黒い蝶が優雅に飛んできて、ふたりの周囲をひらひら飛んだあと、また中へと戻っていく。

 誘われるように門をくぐると、庭のオープンテラスで松曜が手を挙げた。


「緋鞠さん、お待ちしておりましたよ」

「こんにちは、お邪魔します」


 どうぞ、という言葉に甘えて、ベンチに腰かける。銀狼は、緋鞠の足元に丸くなった。

 テーブルには軽い軽食が並べられていた。緋鞠はぱあっと顔を輝かせる。


「美味しそう……!」

「お好きにどうぞ」

「いただきます!」


 クラスメートたちに追いかけ回されたせいで、昼食を食べる時間もなかった。さっそく目の前のサンドウィッチに手を伸ばす。


「美味しい!」

「それはよかった。唖雅沙さんに用意してもらったんです」

「そういえば、唖雅沙さんがいませんね?」


 松陽の秘書なのだから、てっきり家にいると思っていた。


「学園から急ぎの連絡があったらしく、対応してくれているんですよ」

「へえ」


 ごくんっと最後のひとくちを飲み込んだところで、松曜が取り出したのは一通の封筒だった。


「それは?」

「緋鞠さんのお兄さんのデータです」

「っ!?」


 緋鞠は封筒を見つめ、松曜に視線を戻す。


「どうぞ」


 やっとつかんだ兄の手がかりに、手紙を受け取る手が震えている。


 封筒の中には、兄の履歴書と指令書が入っていた。

 兄の履歴書の家族構成の欄には、妹の緋鞠しかいない。他に家族はいないようだ。

 次に指令書。最後に受けた任務だろう。


「……あれ?」


 極秘事項トップシークレットの文字で読めなくなっていた。


「あの?」


 松曜が首を振った。


「白夜くんが受け持った任務は、ごく一部の人間しか知らない極秘任務だったようです」

「そんな……! 桜木さんは、私が隊員になったら教えてくれるって、言ったじゃないですか!」

「ええ、ですから、ここからは内緒話です」


 ブン、と音がして、足元に術式が浮かび上がり、オープンテラスを囲むように、透明な結界が張られた。


「防音の結界を張りました。けれど、怪しまれずに使えるのはおよそ五分でしょう。詳しくは教えられませんが、ほんの少しだけ」

「どうして、全部教えてくれないんですか?」

「思念や記憶を読む術師がいるからです。彼らに知られれば、最悪月鬼にまで情報が渡る危険性がある」


 思い浮かんだのは瑠衣だ。

 彼女には過去の記憶を読まれてしまっている。また今度、そのようなことがあれば、情報が漏れてしまうだろう。

 ぐっと堪えて、松曜の言葉の続きを待った。

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