第5夜 星命学園

第1話

 深夜、黒の装束を着た五人の隊員が、破壊された校舎を見上げていた。


 受験者である学生が死亡する前代未聞の事件でもあったため、学園は一時閉鎖されている。

 壊された結界の修復と設置を行うこととなった五人は、それぞれの持ち場についた。


 ひとりの女性隊員が、瓦礫の近くでチョークの音を響かせながら、陣を描いていた。


 ぞくっ


 誰かの視線を感じた女性隊員は素早く振り返った。だが、青白い月明かりのみに照らされた場所には誰もいない。

 そういうこともあるだろう、と女性隊員は警戒しながら、再び作業に戻った。


 ぞわぞわ、と這い上がるような悪寒に我慢出来ず、女性隊員はその場に立ち上がった。

 さっきよりもすぐ近くに視線を感じる。


「?」


 ふと足元を見た。

 自身の影に違和感を覚えた。


 覗き込むように屈むと、影が大きな口を広げ、女性隊員を頭からがぶりと噛みついた。


「いやああああっ! 誰かああっ!!」


 影に噛みつかれ、じたばたともがく。

 視界は夜に包まれるように真っ暗で、女性隊員の意識も遠のいた。


 ◇


 ──午前八時三十分。


 目覚まし時計が、激しくベルを鳴らす。

 緋鞠は布団の中から時計に向かって拳を突き出すと、軽く受け止められた。


 今どきの目覚ましは、受け身もとれるんだなあ……と、感心していると、ばっと布団を引き剥がされた。


「緋鞠、起きろ」

「あと五分!」


 目覚まし時計を緋鞠の攻撃から救ったのは、エプロン姿の銀狼だった。


「今日から学校だろう。琴音と一緒に行く約束をしてたんじゃないのか?」

「はっ!」


 緋鞠の眠気が一気に吹っ飛ぶ。

 布団から飛び出した緋鞠は、洗顔用のタオルを手にすると部屋を飛び出した。


「こら、緋鞠! 布団くらい片付けろ!」

「ごめん。銀狼、やっておいて!」

「まったく!」


 だだだだだっと階段を一気に駆け降りる。

 第一住人発見!


「澪さん、おはようございます!」

「おはよぅ……若いもんは元気でいいねぇ」

 

 澪がふわわ、と大欠伸をしながら緋鞠に挨拶を返した。

 

 緋鞠は銭湯花火に下宿することに決めた。


 琴音のいる寮への入居を考えたものの、家賃が少々お高かったことから断念した。

 それに銭湯花火なら、営業時間中に店番に立てばお小遣いがもらえるらしい。お客さんがいない日などは温泉に入ることも可能だということだ。

 緋鞠にとってはいいことづくしである。


 二階が居住スペースで東側が女子、西側が男子専用となっていて、厨房や食堂などの共同スぺースはすべて一階にそろっている。

 洗面所で顔を洗い、髪を整えた緋鞠は部屋へと戻る。銀狼の姿はなく、布団は片付けられていた。


 緋鞠はハンガーに掛けられていた制服を手に取った。

 星命学園の制服は黒のセーラーワンピース型だ。妖怪科は紫色、鬼狩科は赤色のスカーフで分けられている。


 真新しい制服に身を包んだ緋鞠は、姿見の前で自身の姿を確認する。

 うん、どこからどう見ても女子高生だ。


 台所に向かうとお味噌汁のいい匂いがする。

 何か手伝いはあるかと顔をのぞかせると、大雅がいた。


「おはようございます」


 声をかけると大雅が肩を揺らした。


「どうしたんですか?」


 くるりと振り返った大雅が、緋鞠の口元にだし巻き玉子を近づけた。反射的にぱくりと食いつくと、上品な和風だしが口一杯に広がった。


「美味しーい!」

「よし、これで共犯な」

「っ!?」


 厨房のテーブルを見ると、だし巻き玉子の皿から二切れが消えていた。


「しまった……!」


 口の前に食べ物を出されると、口に入れてしまう癖が仇になろうとは!

 緋鞠が頭を抱えると、大雅が笑いながら肩を叩く。


「おまえが言わなきゃバレないって」

「バレますよ! よし、こうすれば……」


 菜箸で玉子をちょいちょいと皿の中央に寄せる。


「おっ、これならわかんねぇな。おまえ、天才だな!」

「いやあ~、それほどでも~」

「わかるに決まってんだろ!」


 翼にあっさり見つかって、だし巻き玉子没収の罰を食らってしまった。


「もう、大雅さんのせいで私まで没収だよ……」

「食べなきゃよかっただろ」

「口の前に出されたら、ふつう食べるよ!?」

「緋鞠……知らない人間から差し出されても食べるなよ?」

「そこまで飢えてないもん!!」


 銀狼が呆れたようにため息を吐いている。

 大雅といるとろくな目に合わない。


「まりまりの予定は~?」

「今日は入学式のあと、教室で授業の説明です。午前中で終わる予定ですけど、午後からは用事があるので」


 午後は松曜から呼び出しを受けているのだ。

 正式に隊員として認められた今、兄についての詳しい情報を受け取れるはずだ。


「それじゃあ、まりまりが帰ってくるの夕方かな?」

「そうですね」

「……ごちそうさま」


 食事を終えた翼が立ち上がる。


「あっ、つーくん! 今夜は八宝菜がいいな!」

「はあ……材料ぐらいは用意しておけよ?」

「オッケーイ!」


 翼が食堂を出ていく姿を横目に見ながら、緋鞠も残りをかきこんだ。


「ごちそうさまでした!」

「食器は、そのままでいいよ~」

「ありがとうございます。じゃあ、夕飯は私が洗いますね! 行ってきます!」

「いってらっしゃ~い」

「緋鞠、車に気を付けるんだぞ」

「はーい」


 ローファーを履いて玄関を出ると、翼の姿はすでになかった。

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