第12話
大きな長方形の食卓に、人数分の夕飯が並べられている。全員が行儀よく正座をして手を合わせた。
「いただきます!」
緋鞠はさっそく肉じゃがに箸を伸ばす。ほくほくした塊は、出汁がほどよく染み込んでいて美味しい。次は肉団子。こちらは甘だれで、いくら食べても飽きがこない。これなら、千個はいけそうだ。甘いものの次はしょっぱいもの……と煮つけに手を出すが、味は繊細で上品であった。緋鞠は行ったことはないが、料亭のお味ってこんなのだろうか? と想像する。
いやもう、口の中がめっちゃくちゃ幸せである。野菜と肉と魚が手を取り合って……そう、ここは夢の国。
「食のドリームランドやぁ……」
じーんと感動している緋鞠を、人型の銀狼が突いてくる。
「んむ?」
「なぜ小僧がここにいる」
「翼のこと?」
「そうだ」
どうでもいい。今は目の前の食事に集中したい。
「銀、ハウス」
「犬扱いするな!」
「食事、集中、ステイ」
「雑!」
「ワンワン、落ち着いて~」
京奈がまぁまぁと銀狼をなだめる。お猪口をどこからか取り出し、徳利からお酒を注ぐ。
「ワンワン、はい、どうぞ」
「ああ、すまん……って、そうじゃないだろ!」
「ナイスツッコミ!」
きゃっきゃっと喜ぶ京奈の隣で、澪が苦笑する。
「この銭湯は、下宿も兼ねていてね。昔は学生たちで賑わっていたが、綺麗な学生寮が出来てからはめっきり減っちまって。今は五十四隊隊員が何人か住んでいる状態なんだよ」
「つーくん、みーお、隊長、あとあんぽんたんの零も住んでるんだよ♪」
へぇと相づちを打ちながら煮付けを堪能していると、京奈が緋鞠と琴音の間に移動してくる。
「ところでおふたりさんは、どこに住むの?」
「あ、私は学生寮に入居しました」
緋鞠の横で琴音が答える。
「まりまりは?」
そういえば、どこに住むのか決めてなかったような……。
鬼狩り試験からずっと入院していたので、松曜からまったく何も聞いていない。
「ここ、どうです?」
京奈が怪しい商人のようにもみ手をしている。
確かに学園からそう遠くではないし、安くて住むならいいけど……。
「美味しいご飯、食べたくない?」
「食べたい!」
「うちに住めば毎日食べられますよ? なんたって毎日つーくんが作ってくれますからね……」
なんという魅力的だ。
料理は作るよりも食べたい派。しかもこんなに美味しいなら尚更惹かれる。
おいでー、おいでーと京奈が手招きをする。
「こらっ! なに怪しい勧誘してんだ!」
ゴツッ!
京奈の頭に拳骨が落ちる。
「イターッ!!」
「京奈さん!?」
京奈の拳骨が落ちた場所を撫でながら見上げると、見知らぬ男性が立っていた。
髪は爆発したあとのようにぐるぐるだ。それだけでもかなり印象が強い。
だが、それ以上に驚いたのは、宝石のような白銀の瞳だ。
その瞳が緋鞠をとらえた。
「ん? あれ、おまえあれじゃん。なんだっけ、あれだ……ボールみたいな名前の……」
「!? 緋鞠です! 」
「そうだそうだ、緋鞠な」
「ていうか、何で私の名前を知ってるんですか!?」
「おい、翼。俺のメシは?」
「ねぇよ。今日何の連絡もなかった上に、三人も増えてんだから」
(何、この人……!)
京奈ががばっと起き上がった。
その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「おかえり隊長!!」
「メシねぇのかよ」
京奈は男にひっつくが、男は気にせず京奈をひっつけたまま部屋を出ていった。
呆気に取られていると澪がいきなり笑い出す。
「あっはっはっは! そりゃ、驚くよねぇ~」
「何なんですか、あの人!?」
「あれは夜霧大雅。うちの隊の隊長さ。んで、今年の星命学園の教官だよ」
「ええっ!?」
たとえ教官でも、人をあれ呼ばわりするだなんて信じられない。大雅に対し、怒りを覚えるが、それよりも目の前の美味しい食事に集中しよう。
食事を再開させた緋鞠の隣では、琴音がその情報を詳しく、と手帖を片手に澪に詰め寄っている。
銀狼はというと、京奈や澪に振る舞われた酒を飲んだからか、人の姿を解いて狼の姿に戻りすぴすぴ鼻を鳴らしていた。
緋鞠は大皿に残った最後の肉団子を箸に刺す。
あーん、と食べようとすると、箸を持った手が掴まれた。引き寄せられたかと思ったら、肉団子が目の前から消えた。
「あああああ!」
「うん、うめえ」
振り返ると、大雅が頬を膨らませている。
「ひどい、最後の一個!」
「おまえ、さんざん食ってたじゃねぇか」
「最後の一口はあの子って決めてたのにぃい!!」
「食事中は静かにしろ!!」
トレイにご飯と味噌汁を持ってきた翼は、ふたりを叱りつける。
大雅は返事をして、さっさと腰を下ろした。
「うう、私の肉団子……」
めそめそと泣いている緋鞠の前に肉団子が置かれた。
顔を上げると、翼だった。
「食えよ」
「いいの?」
「泣くほど気に入ったんなら食べていい」
「ありがとう!」
緋鞠は礼を言って、肉団子を頬張った。
美味しい美味しいと喜んでいる緋鞠の姿に、翼はほっとする。視線を感じ、顔を上げると、大雅が物珍しそうに翼を見つめていた。
「なんだよ?」
「いやあ、べっつにぃ~。あっ、そだ。緋鞠、おまえさんに預かりもんだ」
「え?」
大雅が放った風呂敷包みを受け取る。
「誰からですか?」
「おっかねぇ秘書官様からだ」
「風吹さんから?」
風呂敷包みを広げると、封筒と制服が入っていた。
ラベンダーの香りのする藤色の便箋を開く。
『神野緋鞠へ
学園の制服と戦闘服を送る。明後日は入学式だ。
それから、病院を抜け出したらしいな? 今後は前もって手続きしろ。
追伸
――お大事に』
「制服ですね」
「うん」
琴音の言葉に緋鞠は深くうなずいた。
いよいよ学園生活が始まる。おそらく、今までの通っていた学校とは何もかもが違うのだろう。
新たな期待を胸に、緋鞠は学園生活へと想いを馳せるのだった。
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