第2話

 待ち合わせ場所で琴音の姿が目に入り、緋鞠は大きく手を振った。


「琴音ちゃーん!」

「あっ、緋鞠ちゃん、おはようございます」

「おはよー」


 琴音は緋鞠の足元や背後を確認し、首をかしげた。


「今日は銀狼さんと一緒ではないんですね?」

「うん。今日は『空の交通安全課』に登録してくるんだって」

「そうなんですか!」


『空の交通安全課』とは、妖怪たちが大和の空を安全に飛ぶために設立された課である。きちんと登録しておかないと、交通安全課に属する陰陽師に逮捕または封印されてしまうらしい。


「銀狼さんて、空を飛べたんですね」

「なんか風の力を借りてるとかで、飛べるんだって」


 大和に着いた日にうっかり飛ばなくてよかった――。送ってくれた唖雅沙に心の中で感謝だ。


 琴音と話しながら坂道を上がっていくと、星命学園の正門が見えてきた。

 正門から校舎まで桜並木を歩く。少し時期がずれているので、ほとんど散ってしまっているのが残念だ。


 奥に見える校庭は、本来の姿を取り戻していた。校舎も修復が済み、暗闇でわからなかった姿が明らかになる。


 五階建ての校舎が二棟、向かい合うように並んでいた。

 東棟の鬼狩科は、黒い屋根を赤い柱が支えられている。西棟の妖怪科は、正反対に白い。


「琴音ちゃんと、同じクラスだといいな」

「鬼狩科は二組しかありませんし、きっと同じクラスですよ」

「ほんと?」

「ええ」


 クラス名簿が張り出された掲示板の前には、人だかりが出来ていた。

 五十音順に並べられた壱組の名簿を上から見ていくと、上部に緋鞠の名前を発見する。


「私、壱組だ!」


 ぱっと琴音を見ると、琴音がしょぼんとしている。


「弐組でした……」

「えっ……」


 たった二組でも分かれてしまうものなのか。

 初日からへこむ。だが、クラスは違うといってもすぐ隣だ。緋鞠が琴音のクラスに遊びにいけばよいのだ。


 入学式が行われるのは講堂だ。1800人以上を収容出来るコンサートホール並みの大きさを持ち、新入生は係員の誘導によりどんどん入れられていく。

 入り口では、事務員と思われる女性が案内をしていた。


「おはようございます。東側が鬼狩科、西側が妖怪科です。クラスごとに席が分けられておりますので、中の係員に従ってお進みください」

「じゃあ、緋鞠ちゃん、またあとで」

「うん、またね」


 琴音に手を振りあって、分かれる。


(よーし! 友だち作るぞ!!)


 緋鞠は小さなガッツポーズを作った。


 式を終え、教室へと向かう。周囲の楽しげな会話を聞きながら、緋鞠は小さくため息をついた。

 初めての場所。ざわめき。人の密集度にのぼせてしまったときだった。


「――君。大丈夫か?」


 知性的な少女の声。

 声のほうへゆっくりと顔を向けると、緋鞠よりも頭ひとつ低い小柄な女生徒が緋鞠を見ていた。


「私?」

「ああ、君だ」


 卵型のフレームに、アーモンドのような瞳。腰まで伸ばした藤色の髪は、ゆるやかに波打ち、頭の上にはベレー帽が乗っている。

 まるで、西洋人形のように愛らしい少女だ。


「大丈夫か?」

「う、うん! 大丈夫、ありがとう」


 ふたたび問われ、慌てて返事をする。


「そうか? だいぶ顔色が悪いが……」


 少女が緋鞠の制服の袖を引っ張り、日陰になっている柱の陰に誘導してくれた。緋鞠はその場にしゃがみこむと、ほおっと息をついた。


「ありがとう」

「いや、礼を言われるほどではない。それに、君と少し話をしてみたかったんだ」


 猫のようなヘーゼルナッツ色の瞳が緋鞠をとらえる。


「十二鬼将と闘ったのだろう?」


 十二鬼将──四鬼のことだろうか?


「……ぅ?」


(声が……出ない!?)


 それどころか指先に至るまで、麻痺したように動かない。目の前の少女はそんな緋鞠の様子に気にすることもなく、そのまま話を続ける。


「ほう……なるほど。明け方まで粘ったのか」


 まるで、緋鞠の頭の中を読んでいるかのようだ。

 このまますべてを読み解かれてしまうのではないか? 嫌な想像が脳裏によぎる。


「何をしている?」


 その声に少女は顔を上げる。緊張の糸が切れたように、緋鞠はがくりと体勢を崩した。


「――また君か」


 少女は邪魔をされたことへの怒りを表した。


「相変わらず過去にご執心のようだな、蓮条は」

「そういう君は未来主義か? 剱崎」


 恐る恐る顔を上げると、見知らぬ男子生徒が少女を睨みつけている。

 どうやら知り合いらしいが、その間には険悪な空気が漂う。お互いにしばらく牽制し合った後、少女が先に視線を逸らした。


「まぁいいさ。先は長いのだからね。僕は蓮条れんじょう瑠衣るいだ。それだけ覚えていてくれればいいよ、神野さん」


 瑠衣と名乗った少女は、ひらりとその場を後にした。

 男子生徒はその背が消えるまで見つめていた。緋鞠はその様子に疑問を抱きながら立ち上がる。


「あの……助けてくれてありがとう」

「ああ。大丈夫だった?」


 男子生徒は人の良さそうな表情で笑った。

 深い抹茶色の短髪に、制服をきっちりと着こなしている。優等生のような立ち振る舞いに、委員長みたいだな、と緋鞠は思う。


「僕は、剱崎けんざき来栖くるす。神野さんだよね?」

「そうですけど……何で私を知ってるんですか? さっきの子も……」

「だって、君は有名人だもの」

「え?」

 

 ――有名人?

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