第13話
ペンダントトップに付いた小瓶の蓋を開け、中の霊力を地面に落とす。地面に落とされた霊力は、緋鞠の意図を組むように陣を作り上げていく。
緋鞠はわずかに残った霊力を鬼石に捧げた。
――お願い、私に力を下さい!
緋鞠の願いが届いたのか、地面に描かれた陣が赤く発光し始めた。
『――貴女の願いは?』
緋鞠の脳に、直接語りかける声。
知らない人の声なのに、どこか不思議と心地よかった。その声に背中を押され、はっきりと願いを口にした。
「大切な人たちを守れるくらい、誰も死なせないくらい、強くなりたい!」
頭の中に文字が綴られる。
「古より導かれし月鬼よ」
自然と言葉が出て来る。
「我が呼び掛けに応え、力を与えたまえ。 鋼のように鋭く、優しき光を」
緋鞠の傷ついた手のひらの上に置いた鬼石が、発光した。心臓のように脈打った、紅い光はまるで暁の空を思い起させる。
「紅い月が昇り、金色の月が消え、罪が現れし夜に 姿を現せ」
目が開けていられないほどの眩い光が緋鞠を包んだ。
◇
鴉が、刻を告げるように鋭く鳴いた。
羽ばたき去ったあとに黒い羽が目の前に舞い落ち、銀狼は煩わしげに顔を背ける。結界の構築式の中心である裏門には、隊員たちが結界の解析に手間取っていた。
結界の測定機器に繋がれた数台のパソコンには、数値や数式が滝のように流れ続けている。
『おい! まだ中に入れないのか!』
「ワンちゃん、もうすぐだよ」
苛立たしげに吠える銀狼を、京奈が優しく宥める。
大雅は隊員に声をかけた。
「まだ壊せないか?」
「はい。解析不明の術式が展開されています。様々な術式をぶつけて試してはいるんですが……」
『たりめぇだ! その結界は、普通の月鬼の結界とは格が違うんだからなぁ!』
ダミ声があたりに響き渡る。
木々の間の暗闇から現れたのは、口元を黒い布で覆い隠したひとりの男と薄気味悪い人形だった。
男はエメラルド色の長い髪を後ろで三つ編みに結い上げ、京奈よりも小柄であったため、遠目からみれば少女と見間違えそうな風貌であった。
そのそばをふわふわと飛んでいる人形は、てるてる坊主に耳と足を加えたような形をしており、所々つぎはぎが縫われていた。
右目は黒いパッチワークで眼帯を模し、口元は不格好に縫われていて不気味さが増している。
どうやら先ほどの声の主は、この人形のようだった。
『ゲヒャヒャヒャ! まったく隊長様もご苦労なこってぇ! こんなの俺らにゃあ手に負えないってぇのによ!!』
人形は上下に揺れながら下品な笑い声を上げる。
大雅が眉間のしわをもみほぐしながら、男にたずねた。
「――
『今回、中にいるのはただの月鬼じゃねぇ。こいつが結界の根幹をそっくり書き換えてきやがった』
零と呼ばれた男が、大雅に向かってなにかを投げた。
片手で受け止めた大雅が手を開くと、小さな紫色の珠玉があった。それが放つ禍々しい気から考えられるものは――。
「これは、霊玉か?」
『霊玉?』
銀狼が聞いたことのない単語に反応すると、人形が顔を向けた。
『なんだぁ? 今度はどこの野良犬を拾ってきたんだ?』
『誰が野良犬だ。このボロ布人形!』
『うっせぇよ、野良公。ぎゃんぎゃん騒ぐな』
そこへさらに京奈が加わる。
「ちょっとぉ! ワンちゃん、いじめないでよ。 中に主ちゃんが閉じ込められててナーバスになってるんだから!」
『ワンちゃんだって。ププっ、かわいいねぇ』
『俺は誇り高い狼だ! おまえこそ、なんだ。新しい布切れも買ってもらえんのか?』
『俺様はこれでいいんだよ』
「おまえら全員黙れ!!」
大雅の一喝で、その場が静かになった。
銀狼はてててっと大雅のそばに寄り、じっと大雅を見上げた。銀狼の視線に耐えかねた大雅は、はぁとため息を吐くとジャケットのポケットからチョークを取り出した。
「霊玉ってのは、霊力を形にした石のことだ。形、色、属性。全て造り手によって違う」
『ほう』
大雅は、地面に円形の陣を書き、円の中に五芒星、周りに梵字を書いて命令式を加える。
『ただの霊力を固めたものならば、そこまで脅威にならないのではないか?』
「ただのならな」
大雅は手に付いたチョークの粉を払い落としながら立ち上がった。
五芒星の中心に零に渡された紫色の霊玉を置くと、親指を噛み切り、流れ出た血を陣に落とす。
血を吸い込んだ陣は、紅い光を放ちながら紫玉をゆっくりと飲み込んでいった。
一同が見守る中、陣から煙が立ち上がり、形を変えていく。
横を向いた耳の長い動物に、植物の松が付いた兜の印。
「おい、これは……」
銀狼以外の全員が、青ざめた表情をした。
『……おい、どうした?』
銀狼がたずねても、誰ひとりとして目を合わせようとはしない。元気が取り柄の京奈でさえ、悲しそうに目を伏せている。
『これは、どういう意味だ!?』
『――中にいるのは、とんでもねぇ化け物だってことだ』
振り向いた人形が、銀狼に答えた。
『化け物?』
大雅がようやく口を開く。
「卯と兜。それぞれ強さの数字と階級を表すものだ。聞いたことあるだろ、十二支」
十二支とは、古代中国発祥の暦法の干支である。
平安時代に陰陽道と結びついたことで、民間に広められたものだ。
陰陽道はメジャーではなくなったが、十二支は今も神使として愛され、年賀状の絵柄などに使用されている。
「その十二支に、それぞれ数字が宛てがわれている。子は一、丑は二というようにな」
それでは卯ということは──。
『四番目の月鬼が関わっている』
『っ!?』
銀狼はふと、迦具夜姫の伝承を思い出す。
この戦を終わらせる、ただ一つの方法。
“最大の罪を持つ十二鬼将を狩ること"
銀狼の尻尾がぶわりと膨らんだ。
かつて一度だけ、彼らの姿を見たことがあった。
その姿は人間に似通っているのに、どんな月鬼よりも残酷だった。欲に忠実、命ある者を殺すことが生きがい。罪深き月の将軍たち。
もしかしたら、もう──。
悪い想像ばかりが膨らんで、不安が心を支配していく。思わず項垂れると、右足に刻まれた鎖状の契約印が目に入る。これが残っているということは、まだ生きているということだ。
何を弱気になっているんだ!
あいつは何があっても諦めたりしなかった。それなのに相棒の俺が諦めてどうするんだ。
銀狼が結界に向かって走り出そうとすると、異変が起こった。学園を覆う結界が突如大きく波打つように揺らいだ。紫色の毒々しい結界の中心が竜巻のように巻き上げられていった。それに耐えきれず、小さなひびがどんどん増えていく。そして。
パリンッ!!
結界の破片が散らばり、空中に溶け消えていった。結界の中心だったところに、紅い光の柱が空に向かって伸びている。
不気味なはずのその紅は、どことなく温かく神々しい。その光が、結界を壊したようだった。
「隊長! 校内のモニターが復活しました!」
大雅がパソコンを覗くと、学園内の監視カメラやマップの計器の情報が全て表示されていた。結界が壊れたことで中の様子が確認できるようになったのだ。
「よし、おまえはここで記録しとけ。 零と京奈は西から、俺と銀狼は東へ行……ってこら待て!」
大雅の指示を聞かずに全員走り出していた。
『隊長おっせぇwww』
「いっちばんのりぃー!!」
零と京奈は軽々と塀に掛け上がるとすぐに姿が見えなくなる。銀狼も緋鞠の霊力を感じるとすぐに走り出した。
その場に残された大雅は舌打ちしながら、銀狼の方を追いかけた。
「おまえら! 少しは指示を聞け!!」
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