第2話

 駅を出ると緋鞠の視界に広がったのは古の都の姿だった。

 都全体が朱を基調に彩られ、建ち並ぶ日本家屋がどこまでも遠く続いている。

 東の方へ目を向けると、遠くの山に城——陰陽院と呼ばれる建物があった。


 そして、都の中心にある湖には、陰陽師育成学園である星命せいめい学園が浮かんでいた。

 今夜、あの場所で、鬼狩り試験が行われることになっていた。


 緋鞠は手のひらをぐっと握りしめる。


 あの人がいた場所。

 あの場所に行けば、緋鞠もスタートラインに立てる。


 緋鞠はふくらむ期待に胸いっぱいにし、銀狼の手を強く引いて歩き出した。


 ◇


 石畳の通りを学園に向かって歩いていると、ふと朱色が少し剥げてしまったような鳥居が見えた。

 近寄ってみると、石柱には“黎明れいめい神社"と書いてある。鳥居から本殿をつなぐ参道には桜が咲きほこっており、風景が薄紅色に染まっていた。


「わあ、きれい!」


 合格祈願でもしていこうかと、銀狼を振り返ると、鳥居を見つめ懐かしむような表情をしていた。


「銀?」

「え……あ、ああ。なんだ?」


 呼びかけると、はっと驚いたような顔をし、緋鞠に顔を向ける。


「この神社を知ってるの?」

「……ああ。ここに住んでいる神の遣いが、ふるい知り合いでな。以前、世話になったことがあるんだ」

「そうなんだ! それじゃ、挨拶も兼ねて参拝しようか!」

「しかし、学園に向かうのでは……」

「試験は真夜中だよ? 時間はまだまだあるから」


 緋鞠が銀の腕を引っ張ると、ああ、そうだな、とうなずいた。


 ――気を遣わないで、もっと自己主張してもいいんだけどな。


 銀狼には緋鞠に対し、どこか一線を引いているようなところがあった。


 契約する以前の銀狼のこと。いつか教えてくれるかな。

 そんなふうに思いながら石段を登っていくと、朱色の本殿が見えてきた。


「少し離れる。緋鞠はここにいてくれ」

「オッケーだよ」


 銀狼を見送った緋鞠は、本殿に向かう。

 境内には参拝客はほぼいない。


 サコッシュからがま口を取り出し、中身を確認する。五円玉一枚くらい残っているかと思ったけれど、やはりなかった。


 肩を落としながら、賽銭箱の前に立った。


 ――神様、次はちゃんとお供えを持ってきます。


 さすがに鈴を鳴らすのははばかれるので、今回は気持ちのみの参拝である。


「さて……ん?」


 参拝を終え、ふと境内を見回すと、おおきな御神木の近くに小さな神社を見つけた。

 長い年月を経て変色し、全体的にかなり古く見える。いや、かなり歴史ある神社なのだろう。


 それでも、ちりやほこりは積もっておらず、修繕の箇所もある。大事に祀られているようだ。


「まさか、こんなボロい神社に若い娘が来るなんてね。こりゃあ、珍しいこともあるもんだ」


 若い男の声。

 緋鞠はきょろきょろとあたりを見回した後、声が上から降ってきたことに気が付いた。


 御神木を見上げるとひとりの青年がこちらを見下ろしている。ひだまり色の髪と瞳をした白袴の青年。緋鞠と目が合うと、驚いたような声を出す。


「おや? 目が合った気がするのだが……気のせいか?」

「気のせいではありませんよ。御神木の……精霊さん?」


 緋鞠が応じると、ふわりと緋鞠の前に舞い降りた。


「いや、精霊ではなく神の遣いだよ」


 桜の花びらがひらひらと降る中、ひだまりのような微笑みを向けられる。青年の姿はまるで一枚の絵画のようだった。


 ――神の遣いとは、皆このように美しいんだろうか? 思わずぽーっと見とれてしまった。


「お嬢さんは、どうしてここに?」

「あっ、それは……」

「緋鞠」


 理由を説明しようと口を開くと、後ろから待ち人ならぬ待ち狼? に声をかけられた。


「銀」


 振り返ると銀狼が神の遣いに向かって頭を下げている。


陽春ようしゅん様、お久し振りです」

「ああ、久し振りだね、狼の化身。……ということは、このお嬢さんは君の主人あるじかな?」

「そうです」


 この人が、銀狼がお世話になった人か! 緋鞠は慌てて頭を下げる。


神野かみの緋鞠ひまりです。銀狼がお世話になりました!」

「ああ、私は陽春だよ。よろしくな」


 ひらひらと手を振って軽く挨拶を返してくる陽春の姿に、緋鞠はほっとする。


「ふうん。君、銀って名をもらったんだね」

「正確には、銀狼だ」

「銀色の狼か。良い名だな」

「まんまだろう」

「センスがなくて悪かったわね」


 緋鞠は頬を膨らませながら、軽く握った拳をぶんっと振るうも、簡単に受け止められた。


「もー! なんで止めちゃうの?」

「当たったら痛いだろうが」

「身体に言い聞かせるんだもん!」

「乱暴な主人だな!」


 仲睦まじいふたりの様子を見て、陽春はにやにやと笑っていた。

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