どうしてお空は青いの?
檀ゆま
掌編小説『どうしてお空は青いの?』
「ねえ、どうしてお空は青いの?」
僕はこの手の質問が苦手だ。
実際の理由は難しくって僕にはあまりよくわからない上に、この質問は正解なんてものがないのだ。
答えは一つじゃないから面白いのだと言う人もいるけれど僕には一つの方がずっといい。
頭を捻って仮令ば「お空は鏡で海の色を映しているんだ」とありがちな答えを言ったとして、僕が質問者なら「陸の上の空も青いよ」なんて言ってしまうだろう。
女の子は澄んだ瞳で僕を見上げる。
困った。
僕は今非常に困っているのである。
他人だからと言って女の子を無視する事もできないしょうもない大人なのだ。
「大人は何でも知っているんでしょう?」
愛らしい様子で女の子は首を傾げた。
動きは可愛いが、言っている事は全く可愛くない。
何でも知っている訳がないじゃないか。
「何でも知っているなんて神さまくらいだよ」
神様なんていやしないんだ。
そう思い乍ら僕は微笑んでみせる。
「神さまは何処にいるの?」
「さあ、何処だろうね。神さましか知らないんだよ」
女の子はまだ僕を見詰めている。
こんな益体なしなんて、早々に見捨てて何処かへ行って仕舞えばいいのに。
「お兄さんは、」
子供らしい高い声で女の子はゆっくり口を開いた。
「神さまなんて本当にいると思ってるの?」
ぎょっとして声の主を見た。
ひょっとしたら無害な子供に見えたのは僕の錯覚で本当は人を揶揄うのが好きなタチの悪い大人だったのではないのか。
しかし再度確認しても純粋無垢な女の子がこちらを見上げるばかりである。
神さまなんている訳ないじゃないか。
いるならどうしてこんなにも辛い事ばかりなんだ。
「神さまはいるよ。でもいないの」
「はは。謎かけかな」
どうせ僕には行く場所がないんだ。
時間が勿体無いなんて言えるのは予定が詰まっている幸福な人間だけ。
そんな概念を持ち合わせている筈もない。
「お空はね、神さまが青にしようって決めたから青いの。他に理由なんてないの。前に聞いたお姉さんはね、お空は皆を癒すために青いのよって言ったの。でも癒されてない人はいっぱいいるもの。お兄さんも癒されてない」
こんな子供の目にすら僕は癒されない駄目な大人に映っているのか。
投げ遣りになる。
「そうかい。神さまが決めたのかい」
「うん。色んな物や事に名前や意味をつけるのは大人のお仕事。でもその物や事を作るのが神さまのお仕事なんだよ」
「僕達がつける名前や意味を神さまはどう思っているんだい」
「何も思わないよ。神さまは作る事がお仕事だからその先は神さまには関係ないの」
「神さまは作ったらその先は興味ないの?」
それは無責任じゃないか。
作るだけ作ってその先に起こる事には責任は持たないなんて、酷いじゃないか。
憤りを感じる。
「興味があったとしたら大人はお仕事をやめるの?」
仕事を、辞める。
「やめないの。だから神さまには関係ないの」
違う、今この子は名前や意味を僕たち人間が作ってきた話をしているんだ。
僕の会社が潰れた事なんて話してやいない。
心臓がばくばくと大きく音を立てる。
それは脳にまで響いて体が揺れているようだ。
「何にでも名前と意味がないとヒトは不安になるの。お兄さんには名前がちゃんとあるのに、自分が何者なのか他人に語れないと怖いの?」
「僕が何者かって? 僕は僕さ。それ以外に何か必要だっていうのか?」
相手は年端もいかない子供だ。
熱くなるなんて大人気ない。
冷静にならなくちゃいけない。
「僕はあいてぃ会社のシャチョウだ」
女の子は言葉を続ける。
「僕は2人のこどものチチオヤだ」
ああ、もうやめてくれ。
僕はそんな存在なんかじゃあもうないのだから。
女の子の目は、もう何も知らない真っさらな瞳なんかじゃなかった。
僕を蔑むようにとても冷めた目でこちらを見詰めている。
「自分を説明する事が幸せなの。僕は僕だってそれだけで幸せなのに」
それでも僕は自分が何者なのかを誰かに説明したいんだ。
何一つ持っていないなんて思われたくないんだ。
だって本当に僕は何も持っていないのだもの。
「お兄さん。お空はどうして青いの?」
女の子を見る事はできない。
俯いたまま僕は口を開く。
「青いから青いんだよ」
吐き捨てるように言葉を放り投げた。
「そうだよ。理由なんていらないの。お兄さんがここにいる事に理由とか目的とかいらないの。空がただ青いようにお兄さんはここにいるだけでいいの」
顔を上げる。
目を見開く。
そこに女の子はいない。
真っ白な天井があった。
真っ白なシーツがあった。
身体中に繋がれたら管。
ああ、そうか。
きっとあの女の子は神さまだったのだ。
まだここにいろと言われたのだろう。
どうしてお空は青いの? 檀ゆま @matsumayu
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