ヒエタミエス港建設計画

我らが祖国、新大陸よ!

「取り舵! 射石砲ボンバード用意!」


 王国海軍の誇るフリーゲート艦クイーン・マリアーナ号の船体が波を切って左を向く。太陽に白い帆が輝き、船尾に掲げられた王国旗も誇らしげにはためいている。


 1時の方向の岸壁から現れた中型の海賊船は船速いっぱいでクイーン・マリアーナ号の正面を抜けようとしていた。


 砲術士官が激しく揺れる船体でせわしなくペンを走らせる。インク壺にもう一度筆先を浸すと、大波に揺られてインク壺は転げ落ちた。しかし士官は目にも留めずに数字を書き続ける。


「船速下げ! 距離150! 仰角20!」

「船速下げ! 距離150! 仰角20!」


 士官の叫び声に船乗りたちが応じる。


「格闘戦用意! 弾込めしておけ!」


 船長はそう指示を飛ばして、自らも魔材火薬の包みを噛んで引き裂く。腰から弾丸を一つ取り出して銃身に押し込むと、その瞳は敵船を鋭く捉える。


「相手離れます!」

「面舵! 船をぶつける気で行け! いいぞ……射石砲ボンバード放て!!」


 船体の側面が一斉に開き、緑色の爆煙が上がる。放たれた30を超える岩石が海賊船に襲いかかると、瞬く間に船上は地獄と化し、甲板と横っ腹に数多あまたの大穴が開けられた。


「次弾ブドウ弾用意! 船速上げ! 左船首を貫く! 銃士隊構え!」


 船長自らも操舵手の後ろで銃を構える。海賊船は射石砲ボンバードの痛撃で船速を失っていた。その甲板で、慌てふためく海賊たちがアンカーを回して、接近するクイーン・マリアーナ号への決死の乗り込みを画策している。


「まだだ、我慢しろ! よく狙え…………テーーッ!」


 甲板に緑の煙が上がり、無数の銃弾が海賊船の甲板に降り注ぐ。船長自身も銃を構えて一撃を放ち、その弾丸は海賊の一人の脇をかすめて這いつくばらせた。


「いいぞ! 衝撃に備えろ!」


 バキバキバキッ!


 船長が叫ぶが早いか、大型戦艦クイーン・マリアーナ号の鋼鉄の舳先へさきは海賊船の穴だらけの左舷を食い破った。それでも統率のとれた兵たちはその激しい衝撃にもほとんどが倒れもせず、四肢でその衝撃を堪えて次々に立ち上がる。


「ブドウ弾換装終わりました!」

「よくやった! 仰角35! 甲板からは伏角10度! 放て!!」

「伏角10度!」

「仰角35! 撃てーーーっ!!」


 それぞれの砲手が機敏きびんにハンドルを回し、船長の即興の指示はものの20秒もせずに実現した。


 再び緑の煙とともに無数の爆音が轟く。


 最接近状態で放たれたブドウ弾は外れる余地もない。上下から放たれた散弾は甲板の海賊たちを一方的に蹂躙じゅうりんしていた。その無残な甲板の上には、すでに立てる者は数えるほどしかない。


「刀を抜け! 制圧する!」

「おおおおおおおっ!」


 銃士隊は軍刀カットラスを引き抜いて舳先から次々に海賊船へ飛び移る。

 すでに勝負は決まっていた。


「お見事。快勝だな、カレルヴォ船長」


 船長の横で満足げに笑い手を叩くのは、新大陸総督オッツォ・ヒエタミエスだ。海軍出身の総督にとって、海戦の監督ほど気分の良い仕事はなかった。


「光栄です、総督。しかし私というより、このクイーン・マリアーナ号の力と言うべきでしょう」


 王国海軍の43のフリーゲート艦の中でも38隻目に進水したクイーン・マリアーナ号は、旧来の一等艦を凌駕りょうがした性能を誇る。その規格外の能力ゆえに、クイーン・マリアーナ級という新しい等級を生み出しさえした。実際、その船体は他のフリーゲート艦の1.3倍を誇り、海軍の現有戦艦では最大の砲数80を備えている。


謙遜けんそんしなくともよい。この船は大佐の活躍なしには新大陸の風を浴びなかっただろうからな」


「それも総督のご指導あってのことです」


 この王国海軍の主力艦がカレルヴォ大佐に与えられたのも、政治の時流の偶然に過ぎなかった。たしかに新大陸沿岸部の平穏を勝ち取ったという彼の英雄的功績はこの人事を後押ししてはいる。しかしそれ以上に、王国が新大陸経営を国家戦略の中核に据えたことが最大の要因には違いなかった。


「ご命令とあらば、どこの海賊どもも打ち払ってみせましょう」


「心強い限りだ……今回の人事で察しているだろうが、本国から拠点を増やすように言われていてな。海岸線を調べて良港を探し出さねばならん……」


 総督が腰を下ろしたのは転がっていた木箱だった。総督のためにわざわざ運び込まれた彫刻の施された大きな椅子には、ただ潮風だけが座っている。


「なるほど……この辺りの海はよく知っています。いくつか湾をご案内しますよ」


 船長は航海士に目と指で指示を飛ばす。察しの良い航海士は、付近の海図を抱えて操舵台そうだだいへ登った。


 海賊船に乗り移った銃士隊はすでに船上を制圧し、戦利品の回収を始めている。相手の船長はブドウ弾で命を落としていたらしく、縛られることもなく放置されていた。


「ああ、それなんだがね。本国から測量士が派遣されてきたそうなんだ。」


「測量士ですか」


「財務局も新大陸で徴税逃れはさせんということだろうな、はっはっ」


 広げられた海図には、海岸線の大まかな形が記されている。航海士は紙が丸まらないように四隅に石を置く。

 しかし、二人の覗き込んだ海図に引かれた線はおぼつかなかった。ただ底の浅い海域の警告と目視した海岸線の形だけが描かれている。


「さて……どこがいいかね。できれば……」


「この船を直接つけられるところ、ですかね?」


「その通りだ。沖で砲弾や魔材火薬を受け渡すようでは、運用に限界も出る」


 いくら王国最強の戦艦であっても、物資の積み入れに1日をかけているようでは、跋扈ばっこする海賊や原住民、あるいは魔物の出現に対応することはできない。


「大型船の補給拠点ともなると……」


 潮風に荒れた指先は海図の表面をなぞり、突出した曲線の脇にくぼんだ一角に止まる。


「こちらはどうでしょうか。一度ユーシカウ号がハルダウンに使ったと聞きます。エヴェリーナ級までは確かなようです」


 岩陰に身を隠して物見台だけを出す索敵さくてき行動をハルダウンという。海賊の行動を密かに監視する目的で、その方法はしばしば利用されていた。


「ふむ……問題は陸路か」

「そうなりますね。気が早くはありますが、もし首尾がよいようでしたら、総督の名前を湾に与えられてはいかがでしょうか」

「ヒエタミエス港か。祖先に誇れる功績だな」

「その名は永遠に残りましょう」


 総督は海図をもう一度見て、のちのヒエタミエス港が建設される方角を望み見た。波は変わらず高かったが、美しい青空から波に反射する光は美しい。


「このまま視察に向かえるかね?」


「ご命令とあらば。ただ護衛艦をつけましょう。索敵は密にするに越したことはありません」


「賛成だ。あとは頼むよ」


「かしこまりました。しばし船室でお休みください」


 カレルヴォ船長は船員たちに戦利品の搬入を止めるよう指示をする。後続の護衛艦にその任をさせるものと宣言し、舵と帆の指示を飛ばす。船首は穏やかに沖合に停泊する護衛艦を向く。

 随行ずいこうを要求する信号旗が掲げられ、クイーン・マリアーナ号の巨大な船体は波を引き裂いて前進を始めた。


 測量士の到着は船長にとっても喜ばしいことだった。正確な海岸線の地図があれば、海賊の管理は比にならないほど容易になる。

 この巨大戦艦を自在に動かせるようになったとき、新大陸の海の覇者は間違いなくこのクイーン・マリアーナ号に違いない。そしてその艦長たるカレルヴォ大佐は新大陸の守り手として不動の地位を得ることになるだろう。


「新大陸がいよいよになるか……」


 船速があがるにつれみるみる遠ざかる海岸線に、船尾の王国旗がはためいている。その光景を望めば、カレルヴォの胸にも平和な新しい時代への期待が膨らんだ。


「我らが祖国、新大陸よ!」


 船長は兵たちのために声をあげた。


「「おおーっ! 新大陸! 我らが祖国!!」」

「「新大陸万歳! 国王陛下万歳!!」」


 船員たちが声を揃える。彼らは船長の感動を知り得なかったが、ただ船長が望む光景をともに見ることができた。


 新大陸の大地に王国旗がはためく様を。


(測量士の案内はぜひ当艦が担いたいものだな……)


 カレルヴォ船長はそれを願い出ることに決める。彼の努力でたいらげた新たなる王国領を地図に書き加える名誉は、たしかにほかならぬカレルヴォ自身があずかるべきものだった。


 測量士とともに地図を作って初めて、その名は歴史に刻まれる。たとえ総督のように大地に名を残せなかったとしても、王国の大躍進を支えた功労者として、その名は資料に刻まれるだろう。後世にその名を見出す者があるかもしれない。


 この海域を制覇した海軍司令官であり、偉大な測量士とともに王国の版図を書き加えた人物として。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る