ⅩⅩⅠ 叡智

 イェホシア達が大神殿で説教を行い、王都ヒエロ・シャロームにも確実に信者を増やしていたその頃、イスカンドリア帝国の首都イスカンドリーアにある秘密の地下神殿では……。


「――魔術師マゴスシモール、急に四頭会議を開きたいとは、いったい如何なる要件だ?」


 そこに集まった四人の内の一人、イスカンドリアの神官ような服装をした白い顎髭のある老人が、いつもの黒いフードをかぶった姿のシモールに対して怪訝な様子で尋ねる。


「我々の進むべき道を邪魔する、強力な障害が現れたのですよ、大神官サチェルドゥスヴァレンタイノス」


 対してシモールは、蛇のような眼で彼を見つめ返しながらそう答えた。


 彼らは床に描かれる智慧の樹に巻きつく蛇を図象化した大きな魔法円を挟んで対峙しており、彼らの他にもう二人、それとは直角に交わる軸でやはり対面して円の縁に立っている。


「強力な障害? 貴様が見つけたということは、地理的要件から考えてダーマ人か?」


 今度はその他二人の内の一人、まるでイスカンドリアの哲学者のような髭面の風貌で、鶏みたいなトサカ頭の男が代わって尋ねる。尋ねる傍も手にした石板にずっと複雑な数式を殴り書きしているいかにもな奇人だ。


哲人フィロゾフォスバシリークス、確かにダーマ人ではありますが、ベリアルを味方につけ、かつてサラマンドロン王の用いていた悪魔達を使役しています。どうやら悪魔の山での修業により彼らがいうところの神――即ち叡智グノーシス に到達したものかと」


叡智グノーシス に!?  悪魔の山でということは、そなたと同じではないか、シモール? ならば障害どころか我らの同士ではないか。いや、それどころか偽神ヤルダバオートから我らを救うために遣わされた、真なる神の御子やもしれぬぞ?」


 シモールが答えると、それには残る一人、商船の船長のようななりをした大男が、訝しげな様子で眉間に皺を寄せながりら聞き返した。


船長ヴェーミマルキドゥンのいう通りだ。ベリアルが味方しているのもその証であろう」


 すると、最初に尋ねた神官風の格好をした老人――ヴァレンタイノスもその意見に賛同の意を示す。


「ところが、話はそう簡単ではないのです。悪魔の誘惑をすべて受け入れ、欲望を肯定することで叡智グノーシス に至った私とは正反対に、その者は誘惑に打ち勝つことで悪魔を屈服させて叡智グノーシス に触れました。故に悪魔ばかりか天使も味方しており、いまだ善のみを良しとして悪の必要性をわかっておりません。現に〝悪〟の実在を示すために憑依させた悪魔達も悉く彼に祓われました」


 だが、シモールは静かに首を横に振ると、同志達の楽観的な見方に反論する。


「私はサマエルに頼み、恐怖公アスタロトの力で未来の幻視ビジョンを見せてもらいました……その者は善悪揃って世界が成り立つことを知りながらもその均衡をなそうとはせず、やがて、彼を開祖として生まれる教団は善のみを誉め讃えるこの世界をより堅固なものとします。即ち、彼の存在は、この人の造りし偽神ヤルダバオートの創造した世界の破壊を妨げるものなのです!」


「なんと……つまりはなおも人々に偽りの世界を見せ、叡智グノーシス へと至る道を閉ざすということか……」


「それは由々しき事態……ベリアルも何を考えている? 計算式がぜんぜん導き出せぬぞ……」


「まったくだ。叡智グノーシス に到りながら、なぜヤルダバオートの創りし世界を守ろうとするのだ……」


 小難しいシモールの説明も、ここに集まった他の三人は容易に理解して異口同音に危機感を募らせている。


 彼らは、そんな叡智グノーシス に到ることで至高の神といつになるのを唯一の目的とする密議宗教結社〝クノウビス〟の最高位指導者達なのだ。


「して、如何する、魔術師マゴスシモール?」


「敵対する同胞のダーマ人と帝国の駐在官を動かし、その者とその一派は私が始末します。ベリアルや敵に味方する不届きな悪魔達もサマエルを通じてなんとかいたしましょう。皆さんには、そこから零れ落ち、拡散した輩を各々の教区で漏らすことなく潰していただきたい」


 再度尋ねる彼らの筆頭ヴァレンタイノスに、シモールは早口にそう答えると、不気味な緑に光る蛇の眼で他二人の顔も交互に見回す。


「承知した。して、その者の名は?」


「ああ、言い忘れておりました。かの者はガリール湖畔の地の出身で名はイェホシア……イェホシア・ガリールです――」


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