ⅩⅧ 婚約

「――あ、あのう……なぜ、そんなに怒っているのですか?」


「怒ってなどいません! わたくしは今、洗濯で忙しいんです。おしゃべりがしたいんなら、わたくしではなく、お気に入り・・・・・の十二使者の皆さんとしたらいかがですか? イェホシアせ・ん・せ・い?」


 コダカイ山の大説教会の翌日、朝から妙にブスブスしている女性の弟子の一人に、イェホシアはひどく狼狽していた。


 その弟子というのは、以前、死んだ兄ラザーニォの霊を蘇らせ、最後にもう一度会う機会を与えたあのマンダーラのメイアーである。


「いや、だって、どう見てもご機嫌斜めといいましょうか、ずっと私に対しての当たりがキツイといいましょうか……私、何か怒らせるようなことしました?」


 洗濯場で忙々と動き廻りながら嫌味ったらしく言葉を返すメイアーに、イェホシは困惑した様子でおそるおそる尋ねる


「だから、怒ってなんかいません! ただ……わたくしは悲しいのです!」


 すると、不意に声を荒げて否定をした後、彼女は一転、淋しそうな表情を浮かべて訴えるようにイェホシアのことを見つめた。


「……か、悲しい?」


「ええ、悲しいです! そして、淋しいです! なぜ、わたくしを十二使者に選んでくださらなかったのですか!? あのどう見ても説教できそうもないティモスや愛国派の客分であるシーモのような者も入っているというのに……やはり、わたくしが女だからですか!? そんなにわたくしは頼りない弟子なのですか!?」


 狼狽えるイェホシアに、メイアーは怒気を含んだ口調で本心を吐露する。


 どうやら彼女が不機嫌だった理由は、二兄弟同様、古くからの弟子である自分が〝十二使者〟に選ばれなかったことにあるらしい……。


「……ふ…フフフ……フハハハハハ! なんだ、そんなことだったんですか」


 しかし、それを聞いたイェホシアは顔を歪めると、堪えきれなくなった様子でおかしそうに笑い声をあげた。


「な、なにがおかしいんですか!? そんなことって………それほどまでにわたくしを軽く見てたのですね! もう、知りません……」


 そのバカ笑いする様子を見て、メイアーはますます声を荒げると烈火の如く顔を真っ赤にし、ついには目を潤ませながらその場を立ち去ろうとする。


「あ、待って! いや、すまない。そうじゃないんだ……むしろ逆だよ、メイアー」


 そんなメイアーに、彼は必死に笑いを堪えながらもその失礼な態度を謝ると、出て行こうとする彼女を遮ってその真意を口にする。


「逆?」


「ああ、逆だ。隠修派として苦行を積んだ後に〝神の御言葉〟を知った君は、他の誰よりも私に似ていて、私のことをよく理解している……だから、そんな君には私の傍にいて、もっと重要な役目を務めてもらいたいんだ。ダーマの男は結婚しないと一人前と思ってもらえない。私とて、いつまでも独り身では格好がつかないからね」


「はぁ!? それほどまでに思ってくれてるんなら、やはりなんで十二使者にしてくれなかったんですか!? それに、今は先生が独り身なことなんて関係ないでしょう? それじゃあ、私に伝道ではなく先生の嫁捜しをしろとおっしゃるのですか!? 幻滅です! 先生のことを見損ないました!」


 訝しげに可愛いらしい眉を寄せて聞き返すメイアーに、イェホシアは間接的な言葉を用いて伝えようとするが、それを聞いてもその道・・・に疎い彼女は理解できず、さらなる誤解を生んでますます激昂してしまう。


「いや、そうじゃない。もう少し先にと考えていたがいい機会だ。これも〝神〟のお導きなのかもしれない……メイアー、よかったら私と結婚してくれ。これからは常に私の傍にいてもらいたいんだ」


 そこでイェホシアは不意に真面目な顔つきになると、今度は非常に直接的な言葉を用いて、その人生を左右する最も大事な一言を真っすぐ彼女の眼を見つめながらはっきりと告げた。


「………………」


 それを耳にしたメイアーはそれまでの怒りも一瞬にして消え去り、思わず手にしていた洗濯籠を床に落とすとその場に呆然と立ち尽くしてしまう。


「あ、いや、急にこんな話をされても混乱するのは当然だね。だから、もっと時間をかけて君の気持を確認するつもりだったんだが……さっきも言った通り、この世界に生きる女性の誰よりも私に似ている君は、結婚するのならば最も相応しい相手だと思うんだ。だから、もう一度改めて言わせてもらうが、メイアー、私と結婚してほしい。だが、嫌ならば嫌と素直に言ってくれ。その時は仕方ない、私も潔く諦めよう……」


「は、はい! ……け、結婚します……」


 固まるメイアーを見て、再度、プロポーズをしてから遠慮しがちに答えを確かめるイェホシアに、怒りとはまた違う感情から顔を真っ赤にすると、焦点の合わぬ瞳を宙に泳がせながら彼女はそう答えた。


「ありがとう。では、善は急げです。さっそく結婚式をあげましょう!」


「…………え? さっそく? ――」

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