Ⅺ 兄弟

「――こちらへの方は初めて参りましたが、なかなか賑わっておりますねえ」


 ケファロ・オンドレ兄弟の舟でカナッペウムの船着き場へ着くと、たくさんの商船や漁船が並ぶその景色にイェホシアは感嘆の声を漏らす。


 イスカンドリア軍の駐屯地があり、また各地の税を集める集積所も置かれていたこの町は、水運も発展し、高層の建物も立ち並んで規模も大きく、イェホシアの村などとは比較にならないほどの繁栄を見せていた。


「いつ来てみても、やっぱり村と違ってって感じだな」


「どうです? ここなら多くの人々に神の御言葉を伝えることができるでしょう」


 オンドレとケファロの二人も、船着き場を行き交う大勢の人々を眺めながら、その活気あふれる様子に声を弾ませてる。


「……ん? あ、なんだ。そこにいるのはケファロとオンドレじゃないか!」


 と、そんな時、桟橋の杭に舟を停める縄をかけていた兄弟を見て、声をかける者があった。


 舟から桟橋へ跳び移るイェホシアも含め、三人が声のした方を覗うと、となりに停められたやはり漁船と思しき小舟の上には、網の手入れをする二人の男達がいた。


 一人はまるで雷に打たれたかのようなアフロ頭で、ホタテ貝を首から下げた大柄の男、もう一人は小柄でオカッパ頭の、どこか智的だが神経質そうに見える青年である。


「おお! よく見れば、ティアコフとイヨハンじゃないか! ぜんぜん気づかなかったよ」


「二人とも元気そうでなによりだ」


 すると、彼らを見たケファロもオンドレも、パっと顔色を明るくしてうれしそうに男に答える。


「そちらも相変わらずお元気そうで」


 また、オカッパ頭の青年も、見た目の印象通りやや神経質そうに、ボソボソとした声で二人に言葉を返す。


 どうやら、この四人は以前からの知り合いのようである。


「ああ、イェホシア先生、ご紹介いたします。こっちは漁師仲間の兄弟で、モジャモジャ頭の方が兄のティアコフ、おとなしい方が弟のイヨハンです。この町へ魚売りに来た時に知り合ったんですよ」


 そんな四人の顔を交互に見回すイェホシアに気づき、ケファロがそう説明をする。


「イェホシア先生?」


 すると、今度はその〝先生〟という敬称を付けて呼ばれる人物に小首を傾げ、ティアコフなるアフロ頭の方が怪訝そうな表情で呟いた。


「ああ、こちらはイェホシア先生だ。聞いて驚くなよ? 先生はな、破戒の罪に苦しむ人々を救う神よりの御言葉を預かった預言者様なんだぞ! 俺達も先生の御言葉のおかげで救われたんだ!」


 その問いに、まるで自分のことを自慢するかのようにケファロは胸を張ってそう答える。


「その上、恐ろしい悪魔にまで思うがままに言うことを聞かせ、天候だって自由自在に操ることのできるダーマ随一の大聖者様なんだぞ!」


 また、オンドレの方も自慢げに、やや盛っている感のある言い方でイェホシアのことを褒め讃えて紹介する。


「いやいや、お二人ともそれは言いすぎですって。まあ、神の御言葉を預かったのは本当ですし、確かに悪魔さん達にお力をお借りしてはいますが、そんな言うこと聞かせられるわけでは…」


 そのあまりに大仰な紹介の仕方に、今回も照れて謙遜をしてみせるイェホシアであったが……。


「悪魔を!? そいつはちょうどいい! あんた…ああ、いや、イェホシア先生、ぜひ診ていただきたい者がいるんです!」


 〝悪魔〟という言葉に反応し、なぜかティアコフが思いの外に食いついて来た。


「え? 診てもらいたい者?」


詰め寄らんばかりの彼の勢いに、照れて頭を掻いていたイェホシアは不意に顔を上げて聞き返す。


「はい。近所に住むシモベって者なんですが、そいつ、数日前から悪魔憑き・・・・になっちまって、みんな困ってるんです」


「悪魔憑き?」


「ええ。それまでの彼とは性格も言葉使いも顔つきまでもが一変し、素行が悪くなり、あえて戒律に背くことをしてみたり、神に対して冒涜的な汚らしい言葉を吐いたり……この町の高名な戒律学者の先生や司祭様に悪魔祓いを頼んだのですが、まるで効き目がなく逆に乱暴を振るわれるような始末です」


 再び小首を傾げてイェホシアが聞き返すと、今度はイヨハンの方が意外やその印象とは裏腹に、早口だが聴きとりやすい活舌のよい声で能弁に兄の言葉を補足した。


「なんで、それほどのお力がおありになるんなら、ぜひともそいつから悪魔を祓ってやってもらいたいんです! どうか、お願しやす!」


「お願いします」


 そして、ティアコフ・イヨハンの兄弟は、二人して平身低頭、大聖者と紹介されたイェホシアに悪魔祓いを懇願する。


「先生、助けてあげてください。先生のお力を以てすれば簡単なことです」


「俺からもお願いします」


 また、ケファロ・オンドレのこちらの兄弟も、困惑する友人の話を聞いて自分達も助力を願い出る。


「うーん……わかりました。本来やるべきは神の御言葉を伝えることですが、これも苦しむ人々を救うことに他なりません。わかりました。なんとかしてみましょう!」


 二組の兄弟に頼み込まれ、イェホシアはわずかに逡巡した後、彼らの願いに応えて悪魔祓いをすることに決めた――。

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