第52話 「夢叶、緊張しすぎだよ」
時は流れて、バーベキュー当日。8月第一週目の日曜日。
「いやぁ、まさかこの手があったとは!」
「ほんとに! 日曜日の11時から15時までが利用時間とはいえ、一人150円で利用できるとは思っても見なかったし」
しっかりと前を見据えて運転をする夢叶の横に座る俺。その後部座席に座る綾人さんと亜沙子がそう言葉を交わしている。
「場所自体はちょっと遠いんだけどね」
運転をしながら、夢叶が小さく微笑む。目的地はみなが荘がある場所からは少し北にある、
バーベキューするのに何故、天文台なのか。そう思うかもしれないが、その天文台にはバーベキュー場が併設されているのだ。そして、そこが件の金額で道具を使える場所なのだ。
「全然気にしないですよ」
「網も百均のがあったし」
必要な道具として上げられていのは、食材、網、包丁だった。
包丁は普段使っているもので、なかった網は百均で調達をした。
百均の物揃いが半端なくて、すげぇって会話をしたのはよく覚えている。
「これも全部稜くんのおかげだな」
後方から急に投げかけられた綾人さんの言葉に、俺は小さく返事をする。
「そんな.......」
「そうだよー。稜くんが言ってくれなかったら、私も思い出せてなかったよ」
そうだ。何を隠そうと、この行き先を提案してくれたのは夢叶なのだ。
学生時代に安くバーベキューしたことがあるよって、言ってくれて。そこから話は一気に前進したのだ。
「稜くんのお手柄ってことだな」
綾人さんは楽しげにそう言う。だが、途端に亜沙子の声が聞こえなくなる。
あの日、夢叶との関係を打ち明けた日から。俺と亜沙子の関係は曖昧だ。
話すには話すけど。どうもお互いが気を使っているのか、ギクシャクしている感は否めない。
「でも、車まで出してもらって大丈夫なんですか?」
「うん、これレンタカーだし」
「レンタカーだとお金かかるだろ?」
あっけらかんと答える夢叶。彼女の家は姫坂駅の南側にあるマンション。ということは、車を持っていない可能性が高いとは思っていたが。
まさか借りてくれているとは思ってもいなかった。
「平気だよ。たまに遠出したい時とかに借りたりするし」
赤信号にひっかかり、車はゆっくりと減速していく。レンタカーが幾らかかるか、運転をすることすらできない俺には分からない。
夢叶は俺たちが気を遣わない様に、そう言ってくれているような気がした。
「あ、材料とかはどうしたの?」
「もう買ってますよ!」
「そうなんだ。私の車に乗ってないけど大丈夫?」
ブレーキを踏んだまま。夢叶は返事をした綾人さんに振り向き、眉をひそめてそう訊いた。
「海斗たちが持ってきてくれてるんで、大丈夫です」
「青井くんともう1人、留学から帰ってきた子が来るって言ってたけど.......」
いくら後部座席を見ても、そこにいるのは綾人さんと亜沙子だけ。一体2人はどうやって?
それが伝わる困惑顔を浮かべる夢叶。
「青だよ」
「あっ、ありがと」
振り向いたままだった夢叶に。信号が変わったことを伝えると、夢叶は嘲笑に似た笑顔を浮かべながらそう言い、アクセルに踏み変える。
「海斗が実家から向かうらしいから、そこに琴音は乗せて貰ってます」
「そうなんだー。青井くんの車はご両親が運転されるのかな」
「そこまでは分かりません」
「だよねー」
ご両親だったら挨拶しなきゃ。そんな意思が滲んだ横顔だ。
「夢叶、緊張しすぎだよ」
「え、嘘!? 顔に出てた!?」
「出まくり」
「引率っていう体だからね、しっかりしないとって思っちゃって」
あはは、と渇いた笑みを浮かべる夢叶。
学校側には、みなが荘全員でバーベキューをしたいと相談された、と夢叶が説明したところ。それを聞いた夢叶が引率でついていくように、言われたらしい。
普通ならここまで関与されないはずなのだが。俺たち、みなが荘の生徒が学校での問題児ということもあり。外部で問題を起こされ、評判が下がるのが嫌なのだろう。
「仲良さげだし」
「気にしちゃダメだよ」
そんな俺たちの会話を聞いていた。というか聞こえてたのが近いかもしれない。
亜沙子が分かりやすく、いじけたように言い放つ。
そんな亜沙子に、綾人さんは諭すようにこぼした。
「分かってるし」
「ならいいんだ」
「そんなことよりも、いいんですか?」
今度は亜沙子が聞く番らしい。顔を見なくても、その声音だけで、亜沙子が真剣だと言うのが分かる。
「何が?」
たぶん、綾人さんは分かってる。分かってて、分かってないフリをしている。そしてそれを亜沙子も理解しているっぽい。
分かりやすくため息を吐いている。
「強いですね」
「そんな事ないよ。僕だって、あんまりいい気はしないよ」
「そう思いながら、相手を思いやれるところとか。凄いです」
話し合いをした日に、何となく気がついた。琴音さんの気持ちと。綾人さんの気持ちに。
亜沙子も恐らくそのことを聞いているのだろう。
「稜くん。あれは何の話?」
あの場にいなかった夢叶だけは、この話が理解出来ていないのだろう。前方を見ながら、眉をひそめている。
「別に大した話じゃないよ」
「えぇー。そう言われると気になるんだけどー」
「夢叶が気にするようなことじゃないって」
「ほんとに?」
「あぁ」
百パーセントの確証がある訳では無いなのに。むやみやたらに、話をするのはいい事じゃないだろう。そう判断し、言わないでいると。
不意に肩が叩かれた。
なんだ?
そう思い、振り返ると。綾人さんが顔を近づけていた。
「どうしました?」
「やっぱり稜くんにもバレてる?」
「え、えっとー。琴音さんのやつですか?」
「バレてるのかー」
あちゃー。そう言わんばかりに、手のひらを額にあてて、車の天井を見た。
そのリアクションはリアルではなかなか見れないぞ。
「引率の先生としてちょっとだけ聞くね。みんな夏休みの宿題はやってる?」
そんな時だ。夢叶が疎外感を覚えたのか。少し拗ねたような表情を浮かべながら、何かを企むような声音で言い放った。
みなが荘に集まるのは、真面目とは縁が遠い者ばかり。そんな俺らがまともに宿題をやっていると思うか?
答えは否だ。
ということで、もちろん車内は沈黙が支配する。
「ちょっ。う、嘘.......でしょ?」
「逆に聞いていい?」
「なぁに?」
車体が少し左右に動く。多分、相当同様しているぞ。
「俺たちがやってるって思った?」
俺の言葉に同意を示す後ろの二人。大きく、何度も頷いている。
あの日、会議が終わったあと。少しやろうと思ったんだけどな。でも、亜沙子のあの態度を見てしまって.......。宿題が手につかなくなってしまったんだな。
「だ、だって。みんな学生だから。普通はやるもんじゃ.......」
「普通じゃないのがウチらだし」
「ヤバくなったらまとめてやる」
「それが俺らのスタイルだよ」
戸惑う夢叶に。亜沙子、綾人さん、俺の順番で綺麗に言葉を並べる。
こういうことに関しては、阿吽の呼吸というやつだろう。
だが、この状況のまま話が進めば。俺たちの嫌いで、苦手なお勉強の話が展開されるかもしれない。
それだけは避けなくては!
「そ、それよりもさ。今日は晴れてよかった!」
「ほ、ほんとに! バーベキュー日和ってやつだし!」
俺の言葉に1番に乗ったのは亜沙子だ。さすが、こいつは分かってるぜ。
「むぅ。絶対話逸らしてるよねー?」
「そ、そんなことないですよ。晴れてなかったらせっかくの計画も水の泡でしたからね!」
そんな俺らの態度に夢叶は口先を尖らせて対抗する。だが、前方を向いている夢叶の表情を確認出来るのは俺だけだ。
そんな表情を見ることもせず、綾人さんがそう言い放った。
「それはそうだけど.......」
納得できるけど、出来ない。そんな感じの夢叶に少し笑みが零れた。
意外と言いくるめられやすいのかもしれない。
そんなことを会話を繰り返しながら。俺たちはバーベキュー場が併設してある天文台に向かうのだった。
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