第7話 彼女が生まれた日

「……何、ここは……?」


 あの魔獣から致命傷を受けた瞬間。自分はそこにいた。

 そこは見た事も無い美しい森だった。上下左右から『半透明』の木々が生い茂る、藍玉アクアマリン色の深い霧に閉ざされた静寂の森……。

 そしてその森の拓かれたような場所に、自分はいる。まるでここだけ意図的に木々が生えていないような、そんな場所だ。

 そしてふと。気配がして冬月ルナは振り返る。


 ……そしてそこには。台座に突き刺さる一振りの長剣があった。


「何て……、美しい武器なの……!?」


 弱々しく這いずりながら、冬月ルナはほぅ……と感極まったような吐息を洩らす。今の自分が瀕死の重症だという事すら忘れはて、長剣の美しさに魅了されてしまう……。それほどまでに。その長剣は綺麗だった。

 凍てついた月光を封じ込め鍛え上げたような輝きを纏う刀身に、『翼ある太陽』の形をした黄金の鍔造り。刀身も柄も、稀代の芸術家が心血を注いで造り上げた芸術品のような、素晴らしい物だった。


『貴女は……どなた?』


 刹那。声が森を揺らす。閉ざされた霧をささやかに退けつつ、木々の枝葉を揺らす。


「え……誰……?」


 改めてルナが辺りを見回すも、付近には誰も、いない。


『……貴女は、どなた?』


 ……ただ。そう、ただ、美しき長剣が石造りの台座に鎮座する以外は。


「……え?」


 ゆっくりと。声のした方向を向いてみるルナ。

 やはりそこには。長剣が刺さって――。

 いや。誰かいた。

 少女だ、それも自分より年下の。透き通った青色の髪とでもいうような透明感のある色の中に金色を薄く混ぜた白色の輝きが宿る髪色。まるで月光を氷に封じ込めたみたいな髪色だ。染めたのでなければ――いや、染めても不可能な髪色だ。


「貴女は……どなた? ……って。貴女怪我が酷いですね?!

 待ってて下さい! 今すぐ治療をしますから!!」


「いや……貴女こそ誰よ……?」


 大慌てで近寄る少女に、冬月ルナは尤もな問いをかける。

 しかし少女は話を聞かずに手をかざすと。


 不可思議な力で怪我を治す。


「は……? へ……?」


 ぱちくりと今までの重傷があった場所と少女を何度も何度も見やる冬月ルナ。


「これで良し……ですね」


 そんなルナに微笑む少女。


「あ、貴女は何者なの……?」


 脅えて後退る冬月ルナ。


「私の名前は『ティストル』。この『アブサラストの平原』に奉られた女神の聖剣三姉妹の末っ子。『追難の剣・ティストル』で『新しい勇者』を導く存在ですよ♪」


 とても良い笑顔で自己紹介してきたティストルに、


「……いやごめん。判らないわ……」


 冬月ルナはまっとうな答えを返したのだった。


◇◇◇


「……なるほど。ここは『アブサラストの平原』って呼ばれる場所で……ここに来て勇者の誓いとやらを立てればどんなお願いでも叶うと?」


 再度聖剣――『ティストル』にしつこく尋ね返した冬月ルナに、ティストルは確かに間違いなく、そう答えた。ここは今は森だがかつては『アブサラストの平原』と呼ばれていた場所で、ここで聖剣ティストルに祈り、勇者の誓いを立てればどんな祈りでも叶えてくれると。


「……正確には『どんなお願いも』、という点では間違っています。本人の資質によって、お願いの力は変化します」


 ゆっくりとかぶりを振る追難の聖剣ティストル。


「じゃあ私の弟、蘇らせられる?!」


 少女に食いつくルナに、


「……貴女では、できません」


 聖剣ティストルは、沈痛な面持ちで陰の差す顔を伏せる。


「どうしてっっ?! さっき何でもって言ったじゃんかっっ?!」


 ルナは聖剣ティストルの両肩を掴んで激しく揺さぶる。


「し……資質の問題です!! 勇者としての資質の問題なんですっっ!!」


 痛そうに顔を歪めつつ、聖剣ティストルは叫び返す。


「それどういう事よ?!」

「この世界を良く見て下さい!! 薄く透けて見えるでしょう?!」


 必死になだめるティストルに落ち着いて、ルナは周りを見直してみる。確かに彼女の言う通り。周りに生い茂る木々は幽霊のように透けて見えた。


「……貴女の力はこの平原にたどり着くギリギリの力です。きっと入れた事も奇跡なのです。

 ……ですから死者蘇生という強大な願いは叶えられません。貴女がその力と代償を背負う事が出来ないからです」


 身を刻まれるように辛い表情で、必死に彼女に語るティストル。彼女の言葉に嘘は無いのだろう。その様子を見て、冬月ルナは深く悟る。


「……なら教えて欲しい事があるの。――弟は、冬月タカシは何で死んだの? どうして塞ぎ込んだの? どうして学校に行かなくなったの?」


 そこまでまくし立てあげて……もう何となく答えは判った気がした。


「多分……貴女の弟さんはいじめを受けていたのでしょう」


 うつむき加減に答えるティストルを前に。冬月ルナも、納得した。


「……どうして、私達にも判らなかったの?」

「……きっと学校ぐるみで隠していたのでしょう。村社会だと問題は隠すのが妥当な選択肢なのですから……」

「……そう」


 彼女の両肩から手を放して、だらりと落とす冬月ルナ。


「悔しい……!」


 そのまま崩れ落ちて、地面を掻きむしるルナ。ぽつ……ぽつ……と手の甲に、涙が零れ落ちる。


「悔しい……そんなの絶対おかしいよ……! 弟は苦しんで、死んだん、だよ……!! あいつら私らの大事な世界ぶっ壊して、謝りにも来ないで……、のうのう、生きて……!」


 途中からしゃっくりあげながら。冬月ルナは泣いた。泣きじゃくった。


「……マイマスター候補。どのような願いに誓いを立てますか?」


 そんな彼女に、聖剣ティストルは優しくも強い眼差しで語りかけ。泣きじゃくりくしゃくしゃの顔を上げる冬月ルナ。


「……貴女の力では弟さんの復活は無理です。しかし出来る事は何かあるはずです」


 片膝をついて、聖剣ティストルは彼女の肩に右手を乗せた。


「……大丈夫、私が力になりますよ」


 そして。甘く微笑んだ。


「……さっきのは」

「はい?」

「……さっきの私の質問は、願いを叶えた内にはならないのかしら?」

「……その程度なら別に。願いとして数えなくて提供致しますよ

 改めてマイマスター候補。願いは何ですか?」


 ティストルのはっきりした問いに、


「……私は」


 冬月ルナは。口を開いた。

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