徒然の読書日記

ツチノコ

『君の話』 三秋縋(みあき すがる)


 この作品のあらすじ


 友達も恋人もいない20歳の大学生の僕は、ある日、自分の少年時代の記憶を消すための行動にでた。理由は、両親に愛されなかったとか、誰とも親しく出来なかったとか、色々あるけれど、そういうのを全部ひっくるめて、自分の少年時代は空っぽでいい思い出などまったくなかったからである。

 思い出と環境が人格を形成するのであれば、今の自分が孤独なのも、今までの記憶に原因があると考えた彼にとって、少年時代の記憶を消すことは、躊躇するどころか、今の彼が生きる上での希望となっていた。

 特殊なナノマシンによる記憶改変技術で、記憶を消したり、偽の記憶を埋め込んだりすることが可能になった世界で、彼は自分の少年時代の記憶を消すはずだった。

 しかし、イレギュラーが起きた。その結果、記憶は消えず、実際の少年時代にはなかった記憶が埋め込まれた。

 幼馴染の女の子との、甘い記憶である。

 その記憶は正に、自分が追い求めていたもので、友達にも恋人にもなり得る、魅力的な異性の幼馴染との出会いから別れまでの出来事は、灰色の彼の記憶に鮮やかな色彩を放った。けれど、全てそれがフィクションであるという事実を痛感していく中で、架空の幼馴染との記憶は、現実の彼を疲れさせるだけの代物となっていった。

 しかし、根底からひっくり返す出来事が起きる。

 彼の目の前に、少年時代のフィクションであるはずの、幼馴染が現れたのだ。

 元々いないはずの幼馴染は、しかし、埋め込まれた記憶通りの彼女であった。

 彼は、彼女が偽物なのか本物なのか、分からなくなっていく。



 幼馴染。

 特に、異性であり魅力的であるならば、その存在はヒロインといって言いのではないでしょうか。

 私が『幼馴染』と聞いて思い浮かべるのは、アニメやエロゲに出てくるヒロインです。物語の主人公の周りに集まるヒロイン達の一人として数えられ、どの娘たちよりも主人公との付き合いが長く、ヒロインとしては、初期スペックは高いです。

 しかし、突然主人子の前に現れるメインヒロインによって、いいところを全て持っていかれるため、最後には主人公に選ばれないという非遇なポジションでもあります。

 以上が、私の、幼馴染という言葉に関する考察です。かなり偏った、気ままで自分勝手な解釈です。

 

 しかし、当作品では、この幼馴染が主人公相手に無双します。

 まあ、ヒロインが幼馴染以外に出てきませんからね。すこし、脈がありそうな女の子もでますが、本当に少しです。主人公は孤独な人間です。友達も恋人もいない寂しい人です。そんな人にとって、幼馴染という存在が、どれだけ恋愛において最強となるか、この作品はみせてくれます。

 それは正に、寂しい現代を生きる我々(僕は勝手に仲間意識を持っています)にとって、萌えるアニメやエロゲが、孤独を癒してくれるようなものです。

 この作品のキーワードは「孤独」、「嘘の記憶」、「幼馴染」です。

 まず、出てくる登場人物の孤独感が群を抜いています。分かりやすく伝えるため、以下当作品から引用します。


『あ、と彼女が小さく声を発した。

 僕が皿を傾けると、彼女の手料理は屑籠に吸い込まれていった。

 空になった皿を突き出して、僕は言った。

「これは持ち帰れよ」』


『大体、人間とうまくつきあえないから猫に癒してもらおうなんて動機が不純すぎる。つきあわされる猫が可哀想だ。猫というのは、猫がいなくても生きていける人によってなんとなく飼われるべき自由な生き物なのだ。私のように猫がいないと生きていけなくなりそうな人間が飼うと、猫を不幸にしてしまう』


 こんな事を行い、考えてしまうほど、彼らは追い込まれています。そこまできてしまった彼らにはこれから先、最良のパートナーが見つかる可能性など少ないでしょう。孤独になれてしまった彼らには、希望などなにもないのですから。

 今の自分が嫌でどうしようもないからこそ、彼らが欲してやまなかったもの、それは、寂しくて孤独で空っぽな人生だった幼少期から、お互いを必要とし、愛し合える完璧な幼馴染だったのです。


 この作品の魅力は、架空であるはずの幼馴染は嘘か真なのか?なぜ主人公の前に現れたのか?というミステリー部分と、主人公と幼馴染との甘い回想、そして身に詰まる彼らの現実が交錯し、よい塩梅で物語が進む点でしょう。

 ハッピーエンドかバッドエンドかは、その目で確かめてください。

 たぶん読む人によるだろうなあ。

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