第2話 社長お願いしますよ

「で、当社のアイドル『たすき21』をしばらくメディアから、抹殺しろというのですか?なぜですか?」

 ある部屋の一室、例の男と、少し貫禄のある男が会話をしている。

「よけいな詮索はしない方が身のためだ」

地味な服装の男が、貫禄のある男にいう。貫禄のある男は、

「わかりました・・・・」

と言う。どこかで行われたような展開の会話だ。

違っているのは、直立不動だった男が偉そうなことと、貫禄のある男が反論したことだった。

「『わかりました。』なんて簡単に言えるはずがないではないですか?当社の稼ぎ頭ですよ。そんな要件を理由もなく簡単にのめるはずがないではないですか!」

貫禄のある男は強気だ。

「理由は、官邸の要望なのだよ、近野君。」

と、相変わらず、印象にほとんど残らない服装をしている男が言った。

近野と呼ばれた、貫禄のある男は、びっくりした様子で、しばらく声がでなかった。

「・・・・・」

長い沈黙だった。重苦しい沈黙の重さが、部屋の天井から降りてきて、二人が息を失う頃、男が言った。

「どうやら、『たすき21』の歌が今回の選挙の先導的な歌になることを官邸が恐れているようなのだ。」

(いらぬ詮索をしない方が、身のためだ)なんて言ったことを忘れたかのように男は言った。

「どういうことですか?わけがわかりません」

近野が答える。地味な服装の男は困ったように話した。

「ここからは、推量なのだが・・・」

「・・・」

「今選挙を控えておる。今の所、政権側が有利と言われているが、政治のスキャンダルも多いことで、先導的な指導者が現れることを、官邸は恐れている。そこに、「たすき21」の「一人狼」だ。一人でも自分の信じた道を歩むみたいな歌が、民衆の心を捉えたらどうする。ということらしい」

「そんな、彼女たちにそんな力はありません」

「君は、レ・ミゼラブルの映画を見なかったかね?」

「見ました。あっ、あの『民衆の歌が聞こえるか?』みたいな先導的な曲に『一人狼」がなると?」

「どうやら、官邸はそう考えているようだ」

また、どこかで聞いたような会話だ。男は続けた。

「今の政府は、隠蔽体質だ。いろんな失敗や悪事をあらゆる方法で隠している。」

「・・・」

「国民の将来税で株価を吊り上げたり、都合の悪い公文書をすべて廃棄させたり、権力に任せてなんでもやっている。そして、メディア操作をし、ネットでは、不都合な意見を官房費で雇った若者で炎上させている。そう、だから官邸に背けば、君の会社の将来は保証されない。君の会社の稼ぎ頭の「たすき21』だってネットのえじきにだってできる。選挙が終わるまでは、少しの可能性の芽をつんでおきたいのだよ。だから、選挙が終わるまでは、しばらく『たすき21』を抹消せよ」

「そんな・・」

「いや、実は俺も『たすき21』は捨てがたい。」

「えっ?」

二人に沈黙が流れる。今野と呼ばれた男はたぬきにばかされたような顔で、地味な服装の男を見る。地味な男が言葉をつないだ。

「そんな顔を見ないでくれ、俺も官邸に頼まれただけだ。『ふれあい会』に行ったこともある俺だってつらいのだ。だけど、背に腹は代えられない。そこで、考えた。」

「・・・・」

近野はきょとんとしている。

「まず、新曲『一人狼』を出すとアナウンスしまったのはもうしょうがない。この曲のテレビ局の露出をできるだけ下げること。そして、妹分のメンバーを独立させてそちらを大いにプッシュしろ。それから、一人グループからぬけたメンバーがいたから、その子のスキャンダルを大いに宣伝しろ。」

「えっスキャンダル?」

「そうだ、どうせ人の噂も46日、もとい75日、『たすき21』の人気が本物だったら、なにもかも元にもどろう。」

「そんなにうまくいきますか?」

「ほら、官邸のスキャンダル、『首相がそばをただ食いしたという』スキャンダルがあったろう。」

「はい」

「あれも毎日毎日メディアが報道したものだから、2ケ月もしたら視聴者が飽きてきて、ちょうどその頃を見計らって、ネットで、野党は「批判ばかり」なんて中傷をしたら、きれいさっぱりこの世の中からスキャンダルなんかなくなってしまっただろう」

「そういえばそうですね。でも、その飽きられるのも官邸の計算づくだったのですか?」

「長官が言うのだからそうに決まっているだろう。彼らは民衆の心の操り方を知っておる。だから『たすき』も大丈夫だ。悪いようにはせん」

「でも、あまりに国民をばかにしてませんか?」

「君は、現実を見たまえ、理想や正義では飯は食えないのだよ。今官邸を裏切るととんでもないことになるよ」

「わかりました。では、選挙の前だけでも協力させていただきます」

「よろしくたのむよ」

 地味な服装の男は、やっと印象に残るほどの笑みを浮かべた。近野はその笑顔を見ながら、顔を曇らせていた。

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