アイドル抹消

@ryoukai

第1話 官邸室で

「で、なんでまたこのアイドルがじゃまですか?長官?」

 長官と呼ばれた男は、目を通していた書類から顔を上げ、上目遣いで声の主の方を見た。

 男は、直立不動で長官の方を一心に見ていた。ここで、ミスは許されないし、質問したことさえ、咎められないか心配しているようであった。

 広い事務室の中に国旗と政党旗が飾られている。長官と呼ばれた男は、黒の背広に派手目の赤いネクタイのやせ型の男で、デスクに向かい、レザー張りの椅子に座っている。

 一方、直立不動の男は、地味な背広に地味なネクタイ。およそ主張というものが感じられない服装をしている。それは、後日、その男の服装を問われたら、透明人間が何を着ていたか思い出せないのと同じくらい印象にのこらない服を着ていた。

「よけいな詮索はしない方が、身のためだ!」長官は言った。

 直立不動の男は、恐縮し、

「わかりました。」

と言う一方で、

「では、どのような方法で?」と質問を付け足した。

 長官は、その言葉に少し眉をひそめた。印象に残らないほど地味な服装の男は、愚直という面では長官に不快感を与え、印象を残したようであった。

「首相が気にしているのだ。」長官が言う。

さっきまでのとっつきにくい長官が、自分の質問に答えたことに、愚直な男はびっくりした。

「首相が?なぜ?アイドルの存在を?」

 長官の言葉は、ますます愚直な男に疑問を植え付けた。長官は、自分の言葉に疑問を持たれたことに後悔したようであった。そして、少し観念したように話を始めた。

「君は、このアイドルを知っているのか?」

「名前程度なら知っております。」

「そうか?では、かの女たちの歌は聞いたことがあるか?」

「紅白に出場しておりましたし、その時、聞いたことがあります。」

 長官は、そうかと言いて、話し始めた。

「首相は彼女たちの歌詞が気に入らないと言い始めているのだ。」

 愚直で、直立不動の男の目が大きく見開いた。

「首相がアイドルの歌を知っているのもびっくりですけど、その歌詞が気に入らないから、そのアイドルをメディアから抹殺せよというのもびっくりです。」

 もう、直立不動男は、愚直な疑問だらけ男であった。その男の言葉に長官と呼ばれる男も、少しだけ自己開示したかのように話はじめた。

「彼女らの歌詞がまずいのだそうだ。『沈黙している大衆は、権力にひれ伏している』とか、『妥協したら存在を失う』とか、政権にとってはあまり好ましくない歌詞がある。」

「そんな・・・、そんな理由でこの国民的アイドルを、あの動画サイトで一億以上のダウンロードを記録するアイドルをメディアから抹殺せよと?」

疑問だらけの男は、半ば言葉を失いながら、質問を繰り返す。

「首相は、用意周到なのさ。石田三成が作った忍城の水責め堤防は、アリほどの小さな穴からこぼれた水が、最後は大きな穴となり、堤防を決壊させた。かの女たちの歌は、反政府のシンボルとして大きくなる可能性があるということだ。だから、今のうち手を打っておきたいそうだ。」

「そんな力が彼女たちの歌にあると?」

「君は、レ・ミゼラブルの映画を見たか?」

「はい。あっ、あの『民衆の歌が聞こえるか?』のようなシンボル曲になる可能性があるということですか?」

「首相はそう恐れている」

 長官の言葉に直立不動の男の姿勢がよろめき、ついあらぬことをつぶやいた。長官に聞かれたら、まずい一言だった。

「そんな、『ふれあい会』にも行ったのに、裏切らなきゃならないのか?」

 小さな声だった。多分ここが会議室で、多数の人の呼吸があれば聞き取れないような小さな声だったけど、まずいことに、二人しかいない極めて厳粛な官邸の中である。長官の耳には、届いてしまったようだ。

 長官は、じろりと男の顔を見る。男は、飛び上がるかのように、姿勢を直立不動にもどし、視線を長官の奥の国旗に移した。その姿を確認した長官は、意外なことを口にした。

「まあ、いい曲だからね。」

「えっ?・・・・・長官はご存じなのですか?」

「いやね、首相が気にするから聞いてみたらいい曲だ。そして、最新曲もいい曲だ。ただし、残念なことにこれから選挙を控えておる。『一人狼』のように、一人でも信念をもって行動しようなんて曲がヒットされたら、我が政権に傷がつく可能性がある。最低でも選挙が終わるまでは、メディアから抹殺してもらいたい。」

長官の言葉で、男の表情が少し明るさを取り戻した。

「抹殺といっても、選挙が終わるまででいいのですね」

「まあ、そういうことになるだろうね。まさか、人気絶頂の彼女たちの歌を完全に消したら、ファンの間で暴動がおきるかもしれない。そんなことすれば、さらに彼女たち『たすき21』が人気を得るかもしれないからね。」

 長官は、男がファンだと知ってか少し妥協を示してくれた。

「わかりました」

 直立不動の男は、上半身の姿勢を少しも崩さず、方向を後向きに返ると長官室を出て行った。

 長官は、男が出ていくのを見送ってつぶやいた。

「今は、三権とメディア、そしてインターネットを支配することこそ政権維持に大切なことだからな。」

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