31.星の器3
別れの言葉もなしに、わたしは彼女を見送る。白い光に包まれながら、最後は少し哀しそうな顔をして、彼女は自分が向かう場所へと旅だっていった。
「……あーあ、痛かったなぁ」
そう言って、ジンジンと痛みを発する手の平を見詰める。まさかあんなに強く弾かれるとは思いもしなかった。
「ま、今更かぁ。この苦しみは誇って受け入れようって、実験を始めた時に決めたんだから」
わたしは再び、神秘の闇の上で軽快に踊る。その衝撃は美しい波紋となって、天と地の狭間をどこまでも広く伝っていく。
何色にも染まらない魂を見つけた所から始まり、何色にも染まる魂が旅立つことでこの実験は終わりを迎えた。
そう、ベルはカグヤとは正反対のイレギュラーだった。彼女なら最初に染まった色に関係なく、また新たな色に染まることが出来た。
無菌室にいる病人が、実は1番病気に弱い。今まで送り出した『星の器』は『悪い虫』に影響されないように隔離して育てたせいで、逆に『悪い虫』への免疫がなかったんだ。
だから1度、ベルには完全に黒く染まってもらった。
アンでも駄目だった。ジャックでも駄目だった。1度は黒く染まった状態から再び慈愛色に染まれる魂の持ち主だからこそ、わたしはベルを選んだんだ。結局、最後まで自分が
それに、今回はわたし達の在り方を否定させて、今までの
『混沌の器』が創る星は、完全な人の意思によって管理される世界。極端に言えば、わたし達の星とはまったく別の環境になる。思念体である『悪い虫』にとって、人々の心の在り方が従来とは異なるベルの星は、さぞ居心地が悪いことだろう。
そして、それでもまだ『混沌の器』に『悪い虫』が寄りつくなら、その時は彼女の出番だ。自分の宝物を傷つける『悪い虫』が現れたなら、ベルの親友である彼女が全霊で追い払ってくれるはずだ。
「苦労をかけたね。お疲れさまぁ」
無色の雨を避けながら飛び回るそれに、わたしは労いの言葉をかける。
「うん、分かってる。あの子はもう、赤靴草の生えてる所には連れていかないよ。そういう約束だからねぇ。……本当だって、くどいなぁ。星の管理人は、約束を破ったりしないよ」
それを聞いて、満足したのか。
それは踊り続けるわたしの近くを浮遊し、聞いていて心地の良い声でお礼を言ってから、そっと離れて彼女の後ろ姿を追っていった。
「ふふっ、お礼なんて要らないのに」
『星の器』に選んで、こうあるべきと人生を定めた子の望みくらいは、ちゃんと叶えてあげなくちゃ。頑張った子には、ご褒美が必要だからねぇ。
ヒラリヒラリと手を振って、宙を舞う彼女を見送って、後はいつも通りのわたしに戻るだけ。
タタンッタタンッと、クルリクルリと、わたしはここで踊り続ける。
レールの上から外れた彼女達を憂い、時には羨みながら、この星が滅ぶまで、ずっと、ずっと。
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