28.鬼の目にも涙
金の刺繍が施された白装束は、『星の器』の正装。それに袖を通すことが出来るのは、”星繭の儀”か”星誕の儀”が執り行われる2度の機会だけだ。
今日は、その”星誕の儀”が執り行われる日。わたしが使命を果たす日。
星水で身体を清め、3年ぶりに正装に袖を通したわたしは、13人の表の星官達に連れられて『ドーワ』の最神秘部へと向かう。
星蝶の間。別名、儀式の間。
そこは『ドーワ』の地下の最奥に存在する石室であり、重厚な扉がゆっくりと開かれれば、中に漂う濃密な空気が来訪者を歓迎する。まるで、来る者全てを飲み込もうとする圧迫感と、邪な心を洗い流す清涼感が混在しているような、正に神秘的と形容するに相応しい雰囲気だった。
部屋の中央を見ると地面には五芒星が刻まれており、その中心には豪奢な装飾が施されたイスが置かれている。
最上位星官から祝詞を頂いたわたしは、この身を賭して使命を全うすると御星に誓い、一礼。それから、ゆったりとした動作でイスに座った。
緊張はなかった。心臓の鼓動は今までにないくらい落ち着いており、頭は妙に冴えている。時の流れをゆっくりに感じながら、一呼吸する度にこの世界で生きていることを噛み締めていた。
5人の星官達が地面に刻まれた五芒星の角に立つ。7人の星官は少し離れた位置に並び、最後に1人の星官がわたしの元にやって来る。
わたしの膝に温かな毛布を、わたしの頭に銀の冠を乗せた――御星にその身を捧げた上位星官、『星養成期間・ドーワ』に属する26の職員の1人、わたし達の指導者、盲目の鬼職員、つまり――スピア先生は、ただ静かにわたしを見詰める。機能を失ったその双眸で、星から与えられたその両耳で、彼女は一体何を感じているのだろうか。
「それでは、始めますよ」
そう静かに告げて、先生はわたしの元を離れて行った。
五芒星の角に立つ星官達が何かを唱え始める。それは呪文と言うよりも、詩に近い。わたしが星になることを祝福する、美しい賛歌のよう。
その詩と共に、五芒星が恒星の如く輝き始める。光は地面からわたしを照らし、徐々に熱を帯び始める。どこまでも白く、美しい、暖かな光だ。
突然、ピリッとした痛みを足に感じる。見ると、蒼く、煌々と、焚き火に使う薪のように足が燃えていた。その炎はわたしの優しく包み込むように、身体中へと広がっていく。
脹脛から膝へ、膝から太股へ。腰、腹部へと広がっていき、蒼炎が肩まで迫った時、身体に浮遊感を感じた。眠気に近いそれは、わたしに瞼を閉じさせる。
わたしの意識が消えていく。この世界から、この星から、跡形もなく消えていく。
痛みは薄く、恐怖はない。わたしの心の中にあるのは、わたしを育ててくれた人に対する感謝の念だけだった。
やっぱり、今も鋭い目つきをしているのだろうか。最後くらいは、笑って送り出して欲しいな。ああ、でも、やっぱりそれは違うか。アンの言う通り、あの可愛げのない厳しさこそがスピア先生のアイデンティティなのだから。
「行ってきます、お母さん」
小さく、丁寧に、人としての最後の言葉を口にする。それがちゃんと届いたかどうかは分からない。それでも確かに、スピア先生はわたしに別れの言葉を告げる。
「行ってらっしゃい。……とも、元気でね――」
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