14.探偵ごっこ3

 結局、その後は他のお客さんが店に来てしまったので、ろくにおじさんと会話しないまま店を出てしまった。怪しまれないように1冊くらい本を買った方が良いかと思ったけれど、元よりおじさんが『虫憑き』ならわたし達が店に来た時点で怪しんでいるというものだ。目的は達成したのだし、いつまでも店内にいるわけにはいかないので、少量の罪悪感は感じつつも店の外に出た。


 店を出てすぐ、ジャックがわたしの腕を掴んで早足で歩き始めた。ジャックは額に汗をかいていて、ただ事じゃないのはすぐに分かった。

「どうしたの、ジャック?」

 そう聞くと、ジャックは前を向いたまま淡々と言い放った。

「振り返るな、自然に歩け。後ろに『ドーワ』に来てた刑事がいる」

 それを聞いて、強い緊張感が全身を包んだ。

 

 今の今まで、わたしはどこか吹っ切れていた部分があった。アンが自殺した理由を知るために感覚を麻痺させて、勢いに任せて行動し過ぎていた。

 わたし達の行動は、迂闊だったと言わざるを得ない。なぜなら、わたし達の探偵ごっこは『ドーワ』にとっての悪であり、わたし達の顔を知っている星官、そして刑事さん達には絶対に見つかってはいけないからだ。


 後ろの刑事さんに気付かれた時点で、探偵ごっこは終わり。『ドーワ』に戻されて、それでおしまい。この探偵ごっこはギリギリの所で成り立っている綱渡りなんだって、改めて気付かされた。


 わたしはジャックの指示に従う。振り返らず、前だけを向いて、自然に歩けていたかは分からないけれど、自然に歩く努力をした。

 道なりに真っ直ぐ歩いて、『古本屋・リュウグウドウ』から5つ目の家の角を曲がる。その際、刑事さん達が『リュウグウドウ』に入っていく所を確認して、2人で路地裏に倒れ込んだ。

 どうやら、バレなかったらしい。お互いの顔を見合って大きく息を吐く。


「た、助かったぁ……」

「ほんと、生きた心地がしなかったよな……。あと少し店を出るのが遅かったら、鉢合わせになるとこだった」

「……ごめん、ジャック。事情聴取のときに『リュウグウドウ』の話をしたの、完全に忘れてた。普通に考えれば、刑事さん達がここに来ることは予想できたのに……」

「いいって。過ぎたことを悔やんでも仕方ねーよ。それよりおっさん達の会話の内容の方が重要だろ?」

「うん」


 もう、失敗したりしない。推理小説の主人公のようにはいかないけれど、ここまで来て手ぶらで帰るわけにはいかないんだ。

 わたし達は顔だけ出して、『古本屋・リュウグウドウ』を観察する。それから、ジャックが持っているトランシーバーから発せられる音に耳を澄ませた。


『……はい、ちょっと……事件でして。それで、この2人……覚えは?』

『ベ……とアンちゃんでしょう。知ってま……れが何か?』


 とぎれとぎれだけど、サングラスの探偵さんとおじさんの声が聞こえる。多分、わたしとアンについて聞いている。


『1週間前、……2人が……来ませんでしたか?』

『ええ、来ましたよ。……長い時間はいませんでしたがね。せいぜい10分……だったと思いますが』

『2人は……ここに……のですか?』

 今度は、若い刑事さんの声がする。

『そりゃ、……ろん。こんな寂れた店に顔を覗かせてく……、嬉しい限り……よ。あの、2人に何か……?』

『今の所、詳しい事情……伝え出来かねます』

『そうですか……』

『……しますが、この2人、1週間前に……買い物をしま……でしたか?』

『……探偵小説を1冊、買っていきましたよ。何だったかな……タイ……の2巻目だったと思いますよ』

 

 おじさんの言葉を聞いて、わたしは首を傾げた。

 ついさっき、アンは同じジャンルの本を読まないと話したばかりだ。シリーズ物の2巻目を買うなんて、アンなら絶対にありえない。

 おじさんは、意図的に嘘をついている。


『2人に……特にアン……、何か変わった所はありません……たか?』

『さぁ……さっきも言った通り、2人は10分も……せんでしたからね。あれ以来、2人の顔すら見てないので、私から言える……は何も何も……』

『そうですか。……では、今日は……また来ます』


 その言葉を最後に、トランシーバーから声は聞こえなくなった。それからすぐにカランカラン、と音を立てて探偵さん達が店を出て、わたし達がいる方向とは別の道に歩いて行った。わたし達に気付いた様子はなくて、姿が見えなくなるまで後ろ姿を見ていた。


「行ったな」

 確認をするように、ジャックが言う。

「うん、行ったね」

「おっさん達の会話、ちゃんと聞いてたよな?」

「もちろん。あれ以来、2人の顔すら見てない、だってさ。何だか救われたようで癪だけど、これで確定だよね」

「ああ。一般人なら、嘘を言う必要もない。古本屋のおっさんは『虫憑き』で決まりだろ」

「じゃあ、早速おじさんの所に……」


 わたしはつい気が急いてしまって、すぐ『リュウグウドウ』に向かおうとする。そんなわたしの腕を、ジャックが掴む。


「ちょ、待て、待てって。古本屋に戻って何をする気だよ」

「問いただすんだよ。さっきまでの会話は聞いてた、白状しろってさ」


 わたしがそう言うと、ジャックは呆れたように大きなため息をした。


「……いいか、オレ達はまだ確証を得てないんだよ。あの嘘だけなら、どうとでも誤魔化せる。最低でももう2、3の証拠を集めて、言い逃れ出来ない状況を作る。それがベストだ」

「でも……」


 もう、時間がないんだ。

 あと3週間で”星誕の儀”を迎えるわたし達に、残された時間は少ない。しばらくすれば『ドーワ』の混乱も収まり、わたし達に向けられる監視の目は一層厳しくなる。こうして裏口を通って町に来れるのも、あと2、3回が限界だろう。

 それに、もし町に出られたとしても、さっきと同じように探偵さん達と出くわす危険性もある。


 綱から落ちれば、それだけで綱渡りは終わる。そして、その綱から落ちる時は一瞬だ。綱が切れても、風が吹いても、それでおしまい。些細なことがきっかけで、この探偵ごっこは終わってしまうんだ。


「……時間も、チャンスも、わたし達には残されていないんだよ。そうでしょ、ジャック?」


 わたしはジャックをの目を見つめる。

 この時のわたしは、多分、とても頼りない顔をしていたと思う。わたしにあるのは子どもじみた反骨精神だけで、胸を張れるほどの立派な計画性や知性があるわけじゃないから。

 どこまで行っても、わたしの行動は子供の独りよがりだから。

 

「……ベル」

 ジャックは静かに言った。わたしの腕を掴んだまま、力強く、静かに。

「オレが絶対、お前に真実を教えてやる。アンが自殺した理由も、その先のことも。だから、今はオレを信じてくれ」


 先のこと、というのはよく分からなかった。だけど、わたしに向けられたジャックの瞳に迷いはなく、自分がすべきことに集中している眼差しだった。

 わたしの親友が、家族が、信じてくれと言っている。それを聞いた後でこの手を振り払うなんて、わたしには出来ない。


 わたしは無言で頷いて、『古本屋・リュウグウドウ』を観察する道を選ぶ。


 信じよう。今は、ジャックを。

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