12.探偵ごっこ1

 昼食を食べ終え、わたしとジャックはスピア先生を含む26の星官達の目を盗んで『ドーワ』の庭へと出た。


 町はずれの丘上に位置する、この広大な施設『ドーワ』。その庭には、3つのエリアが存在する。

 芝生が生い茂げ、中央には空へ伸びている捻れ木が植えられている遊び場エリア。

 色とりどりの花や野菜が植えられ、その隅には焼却炉が設置されているガーデンエリア。

 そして、わたしとジャックがたった今訪れている森林エリアだ。

 

 森林エリアは、自然本来の良さを知ってもらう目的でつくられたエリアである。しかし、自然保護という名目の元ほとんど放置状態になっており、職員達も必要最低限の草むしりしか行っていない。職員の出入りが少ないこのエリアに秘密の裏口があるのは、確かに理に適っていると思った。


 ジャックが先行して、日光が葉で遮られているような草地を進む。


 『ドーワ』の森は、普通の森より森らしい。

 それが、ここの職員と子供達の共通認識である。森は木々を適切に間引いていかねば立派に成長しない、と言われているけれど、それは人間の自然保護的な観点から見たエゴなのではないかと思ってしまうほど、ここの草木は鬱陶しいくらい立派に育っていた。


 遊び慣れた草地をすいすいと進むジャック。対して、わたしは息を荒げながら着いてくので精一杯。わたしはどちらかというとインドア派で、運動神経が良い方ではないのだ。

 少しでも気を紛らわせるために、保管室で浮上した疑問をジャックにぶつける。


 名前も、顔も、関係すら分からないわたし達と同年代の子について。

 しかし、そんな奴は知らない、と素っ気なく答えられ、あろう事かまたわたしの頭がおかしくなったんじゃないかと心配されたので、それ以上追求するのは止めておいた。謎の空白は謎のまま、先に進むしかなさそうだ。


 それからしばらくは、ひたすら無言で草地を歩いた。生い茂る草木は人の侵入を阻むように自生していて、進むのにも一苦労だ。

 そして、やっとの思いで目的地に到着。『ドーワ』全体をグルッと囲むように設置されている、高さ5メートルの巨大な柵が目の前に現れた。


「着いたぜ、ベル」

 そう言われ、わたしは辺りを見渡す。柵と草木があるだけで、出口となるような穴は見当たらない。不意に、最悪の想定が頭をよぎる。

「ねぇ、ジャック。まさか、木に登ってジャンプで柵を越える、なんて言わないよね?」

「言わねーよ。それじゃ裏口でもなんでもないし、外に出た後はどうやって戻ってくるんだよ? オレが用意してるのは、もっと安全で信頼に足る先輩達の遺産だよ」


 自信満々にジャックが指差したのは、柵の格子と格子の間。正確に言うなら、格子の一本が壊れおり、隙間が一握分大きくなっている場所だった。それでも充分狭いけれど、身体の成長が15歳で止まっているわたし達ならギリギリ通れるくらいの幅は確保されていた。


「先輩達の遺産って、1つ上の人達がこれを作ったってこと?」

「いや、カグヤ姉から聞た話だと相当前からあるらしいぜ。なんでも、同年代で1人の子供だけがこの裏口を引き継いで、また自分が星になる前に1つ下の代に継承するって仕来りらしい。これが、子供しか知らない秘密の裏口の正体さ」


 また、カグヤ姉の名前が挙がる。彼女と仲が良かったのはもう疑う余地のない事実なんだけど、こうも何も思い出せないとむず痒い。

 カグヤ姉についてはジャックに聞くのもありなんだけど、これ以上は頭がおかしくなったと思われたくない。少し考えた末、わたしは話を合わせることにした。


「でも、カグヤ姉は3つ年上でしょ。1つ下の子じゃなくて、ジャックが裏口のことを教えて貰うのはおかしくない?」

「確かに、異例ではある。けど、誰に裏口のことを教えるかなんて、結局は本人の心しだいだよ。少なくとも、オレは1番感性の近い奴に教えたからな、ここのことは」

「あ、そっか。今度はジャックが誰かに教える番なのか」

「まーな。オレと同じように、そいつが有意義に使ってくれることを祈ってるよ」


 そう言って、お互い木の陰で外出用の服に着替えてから、それを木の根元に隠して格子と格子の間を通った。




   ♠ ♡ ♧

 



 秘密の裏口を出た後も、しばらく草地は続いた。裏口のすぐ向こう側が更地だったんじゃ、職員に気付かれてしまう。内からも、外からも隠されていたからこそ、長い間裏口として機能していたんだろう。


 森を抜けると、雲1つない快晴が空には広がっていた。胸が透くような青空で、とても気持ちが良い。とはいえ、それに見取れている暇もないので、すぐに小走りで町に向かう。


 町に着くと、わたし達は一目散に『古本屋・リュウグウドウ』に向かった。施設からは比較的近い場所にあるので、すぐにたどり着けた。

 アンの行きつけの古本屋。寂れた雰囲気、古びた看板が目印の古本屋。またここに来ることになるとは思いもしなかった。


「それで、どうやって店主から話を聞き出すつもりなの? まさか、単刀直入に聞くわけにもいかないし……」


 証拠がなければ、問い詰めようもない。この探偵ごっこで重要なのは、どうやって店主から話を聞き出すかにあった。


「簡単な話だよ。オレ達がちょび髭の店主に顔を見せて、この盗聴器を店に仕掛けてやればいい」


 極めて真面目に話すジャックに、わたしは肩をすくめた。


「……ちょっと、ジャック。それだけのことで、ボロを出してくれるわけないじゃない。わたしが言うのもあれだけど、頭がおかしくなっちゃったの?」

「ちっちっちー、それがそうでもないんだよなぁ。いいか、もし店主が本当に『虫憑き』だったとして、”断界日”を過ぎた『星の器』が店に来たらどうすると思う? イレギュラーな出来事に、何らかの反応を見せると思うわけよ。例えば、仲間に連絡するとかな」

「それは早計じゃない? いくら『虫憑き』でも、”断界日”のことは知らないと思うんだけど」

「”断界日”の直前に、アンに毒を渡してたのにか?」

「あっ……」

「それに、だ。お前はアンと一緒に、何回かこの店に入ったことがあるんだろ? なら少なくとも、店主はお前が『星の器』だって知ってるはずだ。反『ドーワ』の活動家が『星の器』に反応を示す。これって当然だと思うけどなぁ、お姫様」


 頭がおかしいと言われたのが癇に障ったのか、お返しだと言わんばかりにジャックは皮肉を言ってきた。頭の回らないお姫様、と。


 ジャックの無遠慮な態度はやっぱりいけ好かなかったけれど、わたしよりも頭が回ることは充分に分かった。

 事前に発信器、盗聴器を準備して、秘密の裏口も知っていたジャック。古本屋の店主から真実を聞き出す方法も、ちゃんと考えていた。わたしがいなくても、真実にたどり着けるんじゃないかとさえ思ってしまう。

 

 でも、わたしだって役立たずで終わる気はない。

 ジャックは、わたしを待っていてくれた。お前がいなきゃ意味が無いって言ってくれた。2人で真実にたどり着く。それは絶対だ。


「じゃあ、盗聴器を設置するための時間を稼がなくちゃね。何個持ってきてるの?」

「2個。ただ感度が悪いから、確実なところに仕掛けたい。そうだな……カウンターに1個、店の奥に1個ってとこか」

「分かった。わたしがタイミングを見て時間を稼ぐ。その間に、ジャックは盗聴器を仕掛けてきて。手癖の悪いジャックなら、そのくらい余裕でしょ?」

「ししっ、了解だ。しっかりやれよ、相棒」

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