10.ジャックの提案2

「ジャック……こんなもの、どこで手に入れたの?」

 発信器や盗聴器なんて、この施設で生活していたらまず手に入らない代物だ。

「そりゃぁ、色々な手を使ってな。知ってるか? 男なら誰しも1つや2つ、内に秘めた夢を持ってるんだぜ」

「それは、えっと……つまり、ジャックは元々探偵に憧れていた……そういうこと?」

「近からず、遠からずって感じだな」


 一体どんな感じなんだか。まぁ、今はその辺りの細かい話は置いておこう。あとでいくらでも聞けるんだから、今はとにかく話を進めるべきだ。


 わたしは、ジャックがこの機会群を見せてきた意図を汲み取って、

「つまり、ジャックがこつこつ集めていたガラクタのおかげで、警察の会話を盗み聞きすることが出来た。それで良いんだね?」

「ガラクタって言うなよな。まぁ、間違ってねぇけどさ」


 ジャックはムスッ、としながらも、わたしの言葉を肯定した。


「オレはこれを使って、こっそりアンについて情報を集めてたんだ。そしたら、警察の会話には繰り返し出てくる単語があるって気付いた。それが『虫憑き』だ」

「その『虫憑き』って何なの?」

 

 わたしがそう言うと、ジャックは少し真剣な顔つきになって、

「『虫憑き』は、反『ドーワ』の思想を持つ活動家の集まりだよ。ほら、月に1度の外出で『ドーワ』に帰るのが遅れると、スピア先生にこう説教されるだろ。『悪い虫』に取り憑かれでもしたらどうするのです、って」

「『悪い虫』……御星に牙を剥く、この世で最も不浄の存在、で合ってるよね?」

「そ。『虫憑き』はその『悪い虫』に魅入られて、星との関わりが最も深い『ドーワ』を潰そうとしてる連中。ここ30年で『ドーワ』から何人か行方不明者が出てるらしいんだけど、それに『虫憑き』共が1枚噛んでるって話だぜ。3年前にカグヤ姉が消えた時も、そう噂になってた」


 お前も覚えてるよな、とでも言いたげな視線にわたしは困惑する。

 カグヤ姉。それは、1週間前にアンも口にしていた名前だった。


「ああ、えっと、うん。カグヤ姉でしょ、覚えてるよ」


 半分が本当で、もう半分が嘘。

 カグヤ姉という人が『ドーワ』にいたことは分かった。だけど、自分とどういう関係で、どういう顔をしていて、どういう人だったかは覚えていない。

 欠落した、虫食い状態の記憶。それは、アンを忘れようとした時の症状と似ていた。

 

 ジャックは僅かに訝しみながらも、話を続ける。

「カグヤ姉の失踪当時、『虫憑き』の影がチラついてた。んで、アンの遺書にもそれらしきことが書かれてた。なら、アンの自殺が『虫憑き』絡みなのはほぼ確定、ってのが警察の見解らしいぜ」


 『虫憑き』。この御星の慈愛が溢れる世界で、反『ドーワ』の思想を持つ活動家の集まり。

 そんな奴らから、本当にアンは毒を貰ったのだろうか? だとしたら、どこで知り合って、なぜあんな凶行に走ってしまったんだろう。


 今は、分からない。分かっているのは、まだ1つだけだ。


「古本屋のおじさんが『虫憑き』である可能性は高い。でも、それを確かめる手段をわたし達は持ってないよ。最後の外出は、1週間前に終わってるから……。それに、こんな状況で『ドーワ』がわたし達を町に行かせてくれるとは思えないんだけど」

 

 さっきジャックが語っていた、古本屋のおじさんを問い詰めるという作戦は、わたし達が『ドーワ』から出られることが前提の作戦だ。『古本屋・リュウグウドウ』に網を張るには、まずわたし達が町に行く必要がある。現状を考えると、それが1番の難関だとわたしは思った。


 だけど、それは杞憂だった。わたしの目の前にいる探偵ごっこを始めた張本人は、発信器や盗聴器を揃え、更に『ドーワ』から抜け出す手段すら揃えていたんだ。


「それなら心配ないぜ。秘密の裏口を使うからな」

 ジャックは得意気に口角を上げ、人差し指を口の前で立てた。他言無用、のジェスチャーだ。


「秘密の裏口?」

「ああ。つーか、ベルはさ、オレが1週間前に外出しなかったことに対して、何の疑問も持たなかったのかよ?」

「そりゃ、ちょっとは思ったよ。だけど、『外に行くことが特別だなんて思ってない』って自分で言ってたじゃない」

「そう、外に出ること自体は特別なことじゃないんだよ、何にもな。なぜなら、秘密の裏口を使えばいつでも外に出られるから」


 わたしは驚きのあまり大きな声を出しそうになり、慌てて手で口を塞いだ。

 だって、月に1度だけ外に出られる、というのは『ドーワ』の絶対の規則だ。それ以外は、ずっと施設の中で過ごさなければならない決まり。この施設でたった1つの正門は、何人もの守衛が監視の目を光らせている。

 いつでも外に出られる、という状況は、この施設で暮らしていたら有り得ないことだった。


「その裏口を使えば、”断界日”を過ぎた今でも外に出られるってこと?」

「そうだ」

「すぐにでも、町に行けるってこと?」

「行こうと思えばな。けど、行くとなればそれ相応の準備がいる。裏口を使うのは、昼ご飯を食べた後からだ」


 こうしてジャックと話を進める中で、ああ、そうか、とわたしの中で腑に落ちることがあった。

 今日の朝に感じた、わけの分からない怒りの正体。あれは、これなんだ。


 この探偵ごっこを突き詰めていくなら、必ずどこかで一線を越えなければならない。わたし達がずっと守ってきた、『ドーワ』の秩序とも言うべき規則を破るときがきっとくる。


 『ドーワ』は、御星と最も関係の深い組織だ。”星の声”に選ばれ、『ドーワ』という組織に所属して生活する以上、もはやこの身体は自分達だけのものじゃない。『ドーワ』の、ひいては御星の所有物だ。


 『ドーワ』が混乱しているこの瞬間にわたし達が規則を破るというのは、御星の意思をねじ曲げかねない。それを危惧して、わたしは怒りを懐いたんだ。

 

 ここから先は遊びじゃ済まされない。勢いで話が進んでいるけれど、頭を冷やして慎重になるなら、このタイミングしかないと思った。


「ねぇ、ジャック。このまま――」

「あー、そうだ、そうだった。まだ、アレを渡してなかったっけ。ちょっと待てってくれ」

 

 急に芝居がかった口調になるジャック。

 そして何を思ったのか、ジャックは再びベットの下に潜り、姿を消した。一体、そのベットの下にどれだけのガラクタを隠しているんだろう。物と物が擦れ、ぶつかり合う音が続いた。

 しばらくして、埃まみれになりながらジャックは出てきた。カチッカチッ、と音を鳴らすそれを持って。


「ほら、これ。直しといたから持ってけよ」


 また、わたしは驚かされた。

 ジャックが持っていたのは、5分ほど遅れていた、わたしとアンの部屋にあった置き時計だったからだ。


「……なんで、これを?」

「くすねたんだよ。例によって、こっそりとな。……辛いかもしれないけど、思い出の品が何も残らないのは、流石に寂しすぎるだろ?」


 そう言ったジャックの顔は、死者を弔う哀しみと、わたしを励まそうとする元気さが混ざり合った、複雑な表情をしていた。わたしは不謹慎にも、それを見てちょっとだけ笑ってしまった。

 秘密の外出、盗聴に加えて、窃盗までして。もしスピア先生にバレたら、怒られる所じゃすまないというのに。


 まったく、目の前にいるわたしの親友は、本当に無遠慮でいけ好かないんだから。


「……ありがとう」

「気にすんなよ。親友だろ、オレ達」


 カチッカチッ、とそれは正常に時を刻む。

 寸分の狂いもない時計は、わたしの日常の中にあったありきたりなもので、けれど今となっては代えの効かない、大切な、大切な、わたしの日常の一部。


 そうだ。あの幸せな日常が嘘だと信じたくないのなら、そして、それを証明する手段がこれしかないなら、わたし達はここで立ち止まるわけにはいかないんだ。

 ”星誕の儀”まで、あと3週間。わたし達が自由に使える時間は限られているんだから。


 わたしは、アンの死と向き合う。

 わたしは、アンが自殺した理由を探る。そのためなら、『ドーワ』の規則を破ったって構わない。


「やろう、ジャック。絶対に、アンが自殺した理由を突き止めよう」

「ししっ、当然だ。作戦決行は昼食を食べ終えてから。それまで、お互い準備を進めようぜ」

「うん。丁度、わたしもそう言おうと思ってた」


 手に持っている時計を見ると、短針は10時、長針は30分を指し示している。昼食まで、あと1時間半しかない。

 探偵ごっこが始まる前に、急いで確かめなくてはならない。頭の隅に隠してしまった、わたしの記憶の忘れ物を。

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