第2話

 俺は吹っ飛んだ。

 身長180センチ、90キロ以上ある俺の身体が背後のベッドまで吹っ飛ばされた。

 胃液を撒き散らしながら、ベッド上をのたうつ俺。

 

 腹筋以上に股間が痺れた。

 激烈な痛みが俺の股間に100万ボルトの電流を流し込む。


「あががががが」


 俺は股間を触った。

 しかし、まだダメだった。

 海綿体の中には血は流れてこない。

 そこは、ふんにゃりとしたままだった。


「あははは! 死ねぇぇ!! 殺してやる!」


 死神の哄笑を口にし彼女は俺に跨ってくる。

 股間の翳りが、砕かれた腹筋に触れた。

 

 濡れていた――

 彼女は、俺への一撃で濡れていたのだ。

「少しずるい」と、俺は思った。


「殺してやる! 殺す、あはは、ボコボコにして、死なすぅ!」


 俺に跨った彼女は、ダース単位を鉄拳を振り下ろす。

 細身の身体のどこに、このようなパワーがあるのか分からない。

 一撃、一撃が異様な程に重い。ガードした腕に突き刺さるほど鋭い。

 鋼の暴風テンペストに晒されているようなものだった。

 

 美しく澄んだ純粋な破壊。

 微塵みじんも相手の身体をおもんぱかることのない容赦ない連撃。

 その美貌は狂気に染まり、ただ人の破壊だけを望んでいるようだった。

 たまらなかった。

「ドクン」と股間に脈動のようなものが起きる。

 勃ってはいない。しかし甘美で蕩けるような感覚が股間に集まってくるのは確かだった。

 

「ぐぉぉっ!!」

  

 俺はパンチを出してきた彼女の腕を掴む。

 オープンフィンガーグローブに俺の指がかかったのだ。

 思い切り引いた。


 彼女の上半身が前に倒れる。

 思いの外柔らかな胸が、俺の胸に触れる。彼女が身をよじる。

 乳首が激しくこすれあう。

 俺の上で暴れる彼女のパワーは想像を絶した。

 

 それでも、俺は彼女の頭に腕を回した。

 締め上げる。思い切りだ。遠慮なんてない。

 彼女の頭蓋が軋む感触が伝わる。


        ◇◇◇◇◇◇


 俺は『紳士・淑女の変態プレイサイト』に登録していた。

 おちんちんが勃たないのだ。

 オナニーはできる。


 しかし、女相手でも男相手でも、他人に対しオチンチンを勃てることができないのだ。

 オナニーのネタは圧倒的な暴力、被虐だ。

 俺が全力を尽くしても、敵わぬ女にボコボコに蹂躙され、痛めつけられ、男のプライドも矜持も誇りも意地も―― 何もかも喪失する。

 そして、圧倒的な暴力でボロクズのように扱われたかった。

 頭を踏みつけられ、唾をかけられ、役に立たない金玉を潰して欲しくすらあった。

 一本、一本指をへし折られながら「次は、どこの骨がいい?」と囁いて欲しかった。


 屈服したかった。理不尽な暴力に屈服したかったのだ。

 女の暴力の前にひざまづきたかった。


 俺はそんな想像の中でしかオチンチンを勃たせ、射精することができない。

 極めてニッチで下卑た性癖であることは理解していた。

 しかし、それが俺なのだから仕方がなかった。


 作り事はいらなかった。

 東京にある、格闘技が出来るSMクラブに行ったこともある。

 作り事の、フェイクの格闘ではダメだった。


 俺は俺の全力を出しても、それでも敵わぬ女の暴力を求めているのだ。

 自分から進んで痛めつけられるというのは、シチュエーションに必然性がない。

 それでは燃えない。オチンチンはピクリとも反応しない。

 

 街や酒場で見つけた凶暴そうな女に声をかけたこともある。

 一度や二度じゃない。


「俺を倒せたら10万円やると」言ったのだ。


 女は元女子プロレスラー、現役のキックボクサー、総合格闘技――

 柔道のオリンピック強化選手もいた。俺より重いクラスだ。


 しかしダメだった。

 俺を屈服させることは彼女たちには出来なかった。

 俺は彼女たちを血の海に沈め、慟哭していたのだ。


 そんなときに――

 絶望の闇の底にいた俺に救いの手を差し伸べたのが彼女だった。

 紫藤栞しどう しおりは女子校生だった。

 俺たちは『紳士・淑女の変態プレイサイト』で出会った。

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