第3話 サンビームの正体
束の間、てきぱき働くロボットを見守っていた
「なんで、人型?」
ロボット掃除機としては、常識を覆す形状である。
「人間の家で働くには、人型の方が、都合が良いからだ」サンビームは手を止めずに言う。「ロボットとは、そう言うものだろう?」
なるほど――と、章太郎は納得した。
当然のことだが、人間の住居は人間に合わせて作られている。だから、そこで活動するロボットが、人間を模しているのは理にかなっていた。ロボットを働かせるために、ロボットに合わせて住居を改造するのは、本末転倒もよいところだ。
もちろん、旧来のロボット掃除機にも、良い点はある。彼らは、少なくとも男子高校生のベッドの下に隠された本に、興味を持つことはない。
「章太郎。こう言うところへ物を押し込むのは、感心しないな」
ひとまず掃除機のスイッチを切ったサンビームは、何やら母親のようなセリフを吐いて、ベッドの下から数冊の薄い本を引っ張り出した。
「ちょっと、まっ……!」
制止する間もなかった。
「これは……」サンビームは、ぺらりとページをめくった。「やはり、そうか。これは宇宙少女キューティQの、二次創作同人誌だな」
中学生の頃、同好の士から譲り受けた、未成年にはご禁制の一冊である。
「知っているのか、サンビーム」
反射的にたずねてしまった。
「うむ」サンビームは重々しく頷く。「日曜朝に放映されている、いわゆる変身ヒロイン物の女児向けテレビアニメシリーズで、すでに十六作を数える超人気アニメだ。
この本で扱われているのは第十作の
人工皮膚を引き裂いてメカニカルなボディを現す衝撃的な変身シーンは、同シリーズにおいて、文字通り空前絶後となった異色作だ」
その変身後の姿が、まさにロボ娘で、章太郎がこの性癖に目覚めるきっかけとなった作品でもある。それにしても、やけに詳しいではないか。
「しかし、これはどう言うことだ?」
「えっと……なにが?」
「この、米潟博士が、変身後のテン子にいかがわしいことをしている場面だ」
「あ、はい」
章太郎は、なんとなく正座になった。
「理解し難い」
まあ、そうだろう。章太郎も、自分の趣味が一般的でないことは、自覚している。
「ダメ、博士。関節に出したら、分解清掃になっちゃう」
「あの……セリフは読み上げないでください」
内心の羞恥に悶えながら、章太郎は懇願した。とは言え、可愛らしい声で、そんな言葉を吐かれると、不覚にもゾクゾクしてしまう。
「このような用途を想定しているのであれば、関節部は防滴を施して然るべきではないか」
そこか。
「でも、そもそも無い機能を押して、好きな相手へ尽くす姿に、感動すると言うか、萌えると言うか」
解説する章太郎を、サンビームは光るモノアイで、まじまじと見つめた。
「なるほど」
理解できたようだ。
「やはり、地球人類とは面白い種だ。遺伝的には、ほぼ均質であるのに、個々の思考は大いに異なっている。均質な種は些細な環境の変化で滅びるのが常だが、あるいはこのように多様な発想が、それを乗り越える一助となっているのかも知れないな」
むしろ、生殖能力のない物体に欲情する性質は、種の滅亡に加担してそうに思うのだが。
サンビームは薄い本をベッドに置いて、掃除を再開した。そうして、しばらく経ってから、ふと手を止め、章太郎に振り返る。
「まさか、私を部屋に連れ込んだ、本当の理由は……」
「あ、いや。それはない」
章太郎は即否定した。
ロボ娘に限らず、ロボは全般に好きだが、メカメカしいサンビームにエロスを感じるほどの境地には、さすがに至っていない。
「そうか」
サンビームは短く言って、掃除を続ける。
その間に章太郎は、夕食の準備に取り掛かる。と言っても、今日の献立は、冷凍パスタとサラダ。パスタはレンジでチン、サラダは器に移し替えるだけだ。
掃除が終わるのを待ってから、食卓を調え、「いただきます」を言って食事を始める。
「サンビームは、ごはん食べない?」
章太郎は、何とは無しにたずねた。
「地球人の食物を処理する機能はない」
「どら焼きを核融合して、エネルギーにするロボットもいるのに」
サンビームはモノアイを明滅させた。「とんでもないテクノロジーだな」
「まあ、空想上のロボットだから」
「先ほどの本と同じ、創作と言うことか」
「うん。でも、同じって言うのは、ちょっと恐れ多い気がする」
雑談まじりの食事を終え、食器を洗い、浴室へ向かう。手早くシャワーを浴び、脱衣所へ出たところで、夜着代わりに使っているジャージを忘れて来たことに気付く。
「ごめん」と、洋間にいるサンビームに声を掛ける。「ベッドの上にジャージがあるんだけど、持って来てくれる?」
「了解した」
すぐに返事があった。
浴室に引っ込んで待っていると、脱衣所でごそごそ動き回る音がした。
「洗濯機の上に置いておくぞ」
「ありがとう」
サンビームが立ち去るのを待って浴室を出ると、きれいに畳んだジャージが洗濯機の上に置いてあった。適当に置いて行ってくれればよかったのに、律儀なことだ。
着替えを終えた章太郎は、歯を磨いてから、リビング兼寝室の洋間へ戻る。
サンビームが人型のまま床に座り、テレビでニュースを見ていた。章太郎も隣に腰を降ろし、一緒になって眺める。画面には、どこかの駅を上空から撮影した映像を背景に、『駅でぼや騒ぎ』とのテロップが掲げられている。
「わ、
「配電設備がショートしたらしい」と、サンビーム。
「えー、怖いなあ。老朽化してたのかな?」
成富駅のある成富市は、章太郎が住まう
「ちょっと待て」
不意にサンビームが、すくと立ち上がった。
「少しは、私の存在に対して疑問に思うところはないのか」
「え、特にないけど?」
サンビームは、章太郎をまじまじと見つめた。
「君や大家殿は、一体、私をなんだと思っているのだ?」
「ロボット掃除機?」
「普通のロボット掃除機は人間と会話しないし、二足歩行することもない」
「最新型なのかなあと思って」
サンビームは、二、三度頭を振った。それは否定と言うより、ただあきれているだけのようにも見えた。
「いずれも現在の地球の技術で実現するには、相当に困難な機能だ。そもそも、私は地球の物ではない」
章太郎は息を飲み、まじまじとサンビームを見つめる。彼女の言葉が指し示す事実は、一つしかなかった。
「まさか、サンビームは宇宙の……」
驚く章太郎に、サンビームは頷いて見せた。
「どうやら、理解してくれたようだな」
「ロボット掃除機」
サンビームは派手にこけた。
「え、どうしたの?」
サンビームは、ひとまず立ち上がり、両手で空間を掴んで脇に置いた。
「一旦、掃除機から離れてくれ」
「わかった」
サンビームは、束の間を置いて口を開く。いや、口は無いのだが。
「私――いや、我々は、君たちが地球外に発する知的生命体を指して言うところの、宇宙人だ」
喉をとんとん叩きもせず、そんなことを言われても。
「でも、サンビームは自分のことをロボットって言ったよね?」
「そうだな」サンビームは認めた。「ある者にとって危険であったり、苛烈であったりする作業を、自律的に代行する機械なのだから、我々はロボットでもある。しかし、我々は独自の社会を築き、自らの意志を持ち、そして増殖する生命体でもあるのだ」
つまり、機械生命体と言うやつか。
「トレーラーとか、ドイツ車じゃなくてよかった」
1K住まいの男子高校生にとって、そんな大物にこられたら、きっと持て余していたに違いない。そもそも、免許も持っていない。
「どう言う意味だ?」サンビームは首を傾げて言った。
「なんでもない」章太郎は首を振る。「でも、その宇宙人が、なんだってあんな所で行き倒れてたの。まさか、強盗にでもあった?」
「いや、そう言うわけではない」
サンビームは、戸惑うようにモノアイを点滅させた。
「もっと、他に思うところはないのか。私は宇宙人なんだぞ?」
「他にって、何が?」
章太郎がきょとんとしてたずねると、サンビームは小さく首を振った。
「いや、気にするな。私が行き倒れていた理由については、いずれ話そう。今日は、これで休ませてもらう」
そう言って、サンビームは円盤に変形し、それっきり何も話さなかった。
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