中編 其の三十二
三十二
―4月27日(火)夜1時9分―
―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸地下一階 食肉加工室異界―
蠅の王に対してクリフが名乗り上げると同時に、ヨルダン川の聖水が入ったアンプルと砕いた聖餅を投げつける。
蝿の王『ドナヒュー君?!』
それと同時にアンプルを黒い男の銃が撃ち抜き、その聖餅も合わさって聖水と共に蠅の王に降りかかる。
聖水が掛かった部分や蠅達は煙と共に溶け出し、苦しみ出す。
聖餅が掛かった蠅達は動きが止まり、光と共に灰になる。
聖餅の掛かった蠅の王は動きが止まる。
蝿の王『ヲァァァァァ…! いたい…!いたいッ…!!』
上と下で口に出す言葉が違う。
蠅の王『オノレ…ェェ…!』
恨みの言葉を吐きつつ、動きが鈍くなった上の口から、黒い男に向かって炎を吐き出す。
クリフ「In nomine Patris et Filii et Spiritus Sancti(父と子と聖霊の御名において命ずる、) habitant in quattuor elementis(この世を形成せしめる四大元素に宿りし), quae mundum constituunt, virtutem aquae("水"の力よ、我が言葉を), verbo meo involvunt(用いて体現せしめよ)!」
しかし先を読んで魔術の詠唱を終わらしていた。
イメージは氷の壁。
黒い男の目前に、聖水で出来ている荒々しい形状の氷壁が現れ、炎を防ぐ。
蝿の王『おのれおのれ…!!』
氷の壁に炎が散らされ、怒りを露わにし、効かないと思ったか蠅の王は炎を止める。
クリフ「今です!」
そのタイミングでクリフがそう発すると、氷が砕け、その中から黒い男が"閻魔"を突きの構えで現れ、突進する。
黒い男「ぅおおッ!」
掛け声と共に鋒(きつさき)を透明な腹部に思い切り突き刺す。
蝿の王『がぁぁァァァァァ!!!』
透明な液体が切り口から漏れ出し、苦痛の雄叫びと共に四肢をバタバタと振るわせ、悶え始める。
黒い男「ぬぅぅぅぅぅ…!ぅおりぁッ!」
両手で柄を思い切り握り深く突き刺した後、逆向きになり背中に背負う形で"閻魔"の柄を握り直し、上から弧を描く様に前方へと斬り裂く。
透明の液体が裂かれた部分から更にバジャバジャと溢れ、全身と床を塗らした。
クリフ「In nomine Patris et Filii et Spiritus Sancti(父と子と聖霊の御名において)…」
右手に持った小さな十字架を握り締め、十字を切りながら小声で唱えると共に、先程投げた聖水に混じって蠅の王の周囲に悪魔封じの形に成る様放った別の聖水が氷の魔法円となって輝きつつ現れる。
蠅の王『何?! 貴様ッ! ドナヒュー君…??!』
その強(したた)かさに驚く。
蝿の王『矢張り…ッ! 貴方を先に殺すべきだった…?! でもッ…殺したくないのォォォにィィィ!!』
言いながら斬り裂かれた腹部の尾部から触手の様に現れた鋭利な針が、高速でクリフへと向かう。
しかし、届く目前で触手は床にどさりと落ちた。
黒い男「…させねーよ」
クリフの前に立ち尽くし、静かに言う。
斬り落とされ床に落ちた触手はビクビク蠢きながらも煙が出始める。
周囲を見ると、あれほどいた蠅の騎士団は、いなくなっていた。
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