中編 其の三十三

三十三



―4月27日(火)夜1時13分―


―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸地下一階 食肉加工室異界―




蠅の王『そんな…そんな…! ウソよ!ウソよぉぉぉぉ!!』


その苦悶の叫びはこの異界と化した空間を振るわす。


クリフ「Exorcizamus te, omnis immundus spiritus(すべての汚れた霊よ おまえを我々は追い払う)…」


ラテン語で蠅の王に向かって唱え始める。


クリフ「omnis satanica potestas(すべての悪魔の力よ) omnis incursio infernalis adversarii(すべての地獄の敵の侵入者よ)…」


蝿の王「その…! 言葉ぁぁぁぁぁぁ!!」


蠅松田が触脚で頭を抑えて悶え始める。


クリフ「omnis legio omnis congregatio et secta diabolica(すべての軍団、すべての群がり、そして悪魔の師団よ)…!」


蠅の王『黙れェェェェ!!』

蠅松田『黙れええぁぁ!!』


二つの顔が同時に吐き捨てながら、触手を刺し向けるが、轟音と共に撃ち落とされる。


黒い男「させねーっつったろ…!」


両手で"陽"と"陰"を構えながら吐き捨てた。


その言葉と共に、撃ち落とされた触手が灰に成り霧散する。


蠅の王『おのれェェェ!! 半端な依代では…! ここまでだっていうの…?!』


クリフ「Ergo draco maledicte et omnis legio diabolica(故に、呪われし竜よ、そして全ての悪魔の軍団よ、) adjuramus te(我々はお前に厳命する) Vade Satana(悪魔よ、去れ)…!」


唱えながらも再び蠅の王に向けて左手を掲げると、魔法円が輝き始める。


蝿の王『おのれヘブライの神がァァッ!!』


クリフ『Ut Ecclesiam tuam secura tibi facias libertate(神の家で安全に仕える) servire(事を)!』


蠅の王『絶対神を名乗る傲慢者めッ!!!』


苦しみながらも罵倒を続ける。


クリフ「te rogamus(我々の願いを)! audi nos(お聞き下さい)!!」


右手で十字を胸の前で切った後、その右腕を上に掲げ、叫ぶ。


すると魔法円が一際輝き、蠅の王の上部に仄暗い虚(穴)が開いたかと思うと、その穴に蠅の王が、松田リカから剥がれ落ちつつ吸い込まれていく。


蠅の王『YAHAVH!! そしてそれに群がる者共よォォォ!! 我はまた戻る…この現世(うつしよ)に! それまで謳歌せよ! この退廃の平穏を…!』


黒い男「…黙れ そしたらまた送り返してやる オレじゃなくとも別の誰かがな…そうでなくとも、もしそうなればその愚行で人は勝手に滅びる」


魔人化を解いて、言い放つ。


その眼は紅くなかった。


蠅の王『貴様等(人間)が救われるなど…! そんな思いはさせぬ! 既に我が望みは成っている…! その半端な女に罪は背負わせた…! その罪は消えぬ…! 貴様等は消せぬその罪に対し、己の無力さを感じるが良いィィィィ!!』


断末魔を上げながら、松田リカに取り憑いていた蠅の王は剥がれ、周囲の異界化した生きた壁や床も同じ様に、その仄暗い虚(穴)に吸い込まれていった。


貴代子「っ! 待ってッ! 行かないでッ! アナタがいなかったらッ 私ッ…!」


言いながらもへたり込み、手を声の方へ掲げる。


が、そこにはもう、何も無い。


何も無くなったその場には、周囲に薄ぼんやりとした何かが漂っている。


クリフ「! …これは…?」


黒い男「…お前が送ってやれよ」


その言葉でクリフは周囲に眼を凝らすと、直ぐ解った。


被害者の女生徒達だと。


クリフ「!あぁ…!」


気付くと共に魂(被害者達)を解放出来たのだという安堵が湧く。


クリフ「In nomine Patris et Filii et Spiritus Sancti(父と子と聖霊の御名において)…」


目を瞑り、右手で胸部前に十字を切り、魂の方に右掌を向ける。


クリフ「may god have mercy on you(主が慈悲を以ちて)…

and grant you the pardon of all your sins(汝の罪を赦さん事を)…

whoosesoever sins you remit on earth(誰が罪でも、貴方が赦せば赦されん事を)…」


目を見開き、漂う魂に向け十字を切る。


クリフ「grant your child entry into thy kingdom(貴方が御国へと迎え入れ給え)!

in the name of the father and the son and the holy spirit(父と子と精霊の御名に於いて)…!」


右手を上に掲げ、


クリフ「Amen(アーメン)!!」


一瞬、眩い光がその場を覆う。


その光の中で、クリフは声を聴いた。


―ありがとう クリフ君 ゴメンね…鰤大根作ってあげられなくって それじゃあね バイバイ―


一方的だったが―その声、佐久間美穂の魂は、救われた。


それは、十五歳の未熟な天才魔術師の心を穿つ。

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