其の三十一 ―クリストファー・V・ヘルシング―

三十一



―4月27日(火)夜1時4分―


―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸地下一階 食肉加工室異界―



もう、クリストファーには何を信念に動いて良いか解らなくなってしまった。


あの、丁寧そうだった理事長が―殺した。


あの、笑顔だった同級生(佐久間美穂)が―殺された。


クリストファーは何を信じたら良いか解らない。


何を大事にすれば良いか解らない。


それ以外の見方が出来ない。


疑いは悪だ―


…その見方(疑いは悪)が間違っているというのに、十五歳のクリストファーには気付けないのだ。


全てが信仰の善悪であるというのは美徳ではあるが、人間社会では通用しない。


曖昧さも必要だ。


他人(ひと)には伝えなくても済むことが在る。


自分が遣りたくなくても遣らなければ為らない事も在る。


敢えて、放らなければならない事も在る。


―それが、ウェールズの純粋な十五才の少年には、出来なかった。


どんなに理解力が在り、魔術適性が高くとも―


それ以外も天才的に熟(こな)せる―そんなワケは無い。


マンガやアニメではないのだから―


目前で行われる蠅の王と黒い男の戦いを前に、クリフは無力さを全身で味わっていた。


黒い男「何やってやがる! クリフッ!」


床に膝を着きながら現状をボーと眺めていたクリフは、その声に反応する。


クリフ「…え?」


しかし、心此処に在らずだった。


どれだけ魔術が出来ても、同級生一人助けられない自分に―何を?


それが心の中を覆い尽くす。


しかし、その様を視て苛立った黒い男は、怒りを伴い叱責する。


黒い男「何をしている!ヘイデン・クリストファー・ヴァン・ヘルシング! お前の同級生がどうなっているか視ろッ!」


クリフ「…どうなって…?」


その言葉に、視線を彷徨わす。


黒い男「ヤツの腹を視ろッ! 彼女の気持ちがわかんねーのかッ!」


そう言われ、クリフは蝿の王の腹部を見遣ると、薄い皮膜の中には、悲痛な顔をする佐久間美穂の魂が漂っていた。


声は聞こえないが、何を呟いているのか、口の動きで解った。


tasu(He)―kete(lp)―tasuke(Hel)―te(p)―kurifu―kun(Cliff)―


クリフ「!」


その言葉は、クリフの心を揺さ振った。


黒い男「ヘイデン・クリストファー・ヴァン・ヘルシング! お前は何をしにココ(東京)へ来たッ! そのヘルシングの名は何だッ! …その意味に…答えてみせろッ!」


大声で叱咤されたその言葉。


それは、クリフの心を穿つ。


そうだ…自分は人を救う為にココ(東京)へ来た。


ゆっくりとだが、起き上がる。


それは、大事な人達を護るため。


それは、大事な人が傷付く姿を見たくないから。


それは、彼女(美穂)を護りたいから。


そうだ…彼女(美穂)の魂を…救いたい。


だって友人だから。


初めてまともに出来た同年代の友達達―


一瞬だけど―


その場だけだけど―


自分が普通で居られる場所―


その友人を―


クリフ「僕は…」


ゆるりと腰のバッグから聖水の入ったアンプルと聖餅を取り出し、眼前に構える。


クリフ「陽(ひかり)と陰(かげ)の均衡を護る―バチカンから遣わされし神罰の代行者…! ヘルシングだッ!」

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