補足―廻り廻りて因果は巡る―

十六



―11月6日(月)深夜―


―神奈川県横須賀市 浦賀無縁墓地近く―



明かりがほぼ無い中、男が一人歩く。


黒いロングコートにデニムに歩きやすいシューズを履いた。


背中には刀、右手に脇差を持って。


向かうは山の納骨堂。


黒い男「さァーて、そろそろかァ? しっかし…」


周囲を見回しながら述べる。


黒い男「夜中の墓地なんてなァ、来たかないねぇ」


そうは言いながら、微塵も恐怖せず、堂々と向かっていた。



―10分後―


―納骨堂前―



納骨堂前まで来ると灯りはなくなったが、月の明かりのせいか、周囲の視界は良好だった。


お陰で直ぐ見付けられた。


納骨堂の扉が開いている。


今月で閉鎖されるというのに、その前に漁ろうというのか。


扉の影で骨壺を漁っている何かが視得た。


黒い男「お♪ いたいた… おーぅいー! そんなところで死体漁りしてないで出ーておーいでーぃー♪」


と、急に声を掛けると、大きな何かが驚いて納骨堂を出て行くのが見えた。


黒い男「おーっと逃がさねー!」


そう言って逃げた方向に跳躍した。



―吉井4丁目第2公園―



山を抜けて追い掛けた先には、開けた公園が現れた。


黒い男「そろそろ鬼ゴッコは…止めにしよー…ぜッ!」


そう言って、"何か"の先、公園の二隅に咒符を投げた。そして、


黒い男「オン・クロダノウ・帰命し奉る、この世ウンジャクの一切の汚れを焼き・ソワカ尽くす明王よ!」


空中で真言を唱えると符が輝き、"何か"がその間を抜けようとした途端、"何か"の眼前に、強力な炎が立ち塞がった。


驚いたのか、"何か"の足が止まる。


炎に照らされたその"何か"は、一匹の老猫だった。


黒い男「っとぉ…」


着地をして、ゆっくりと老猫に歩み寄る。


黒い男「はーいはい~ 此処がお前のトイレってワケだー… 取り敢えず、オレを倒さないと後ろには戻れないよ?」


老猫『…貴様何者だ?』


追い詰められた老猫が突如として喋り出す。追いかけ回されたお陰か、不愉快そうな声色だった。


黒い男「喋れんじゃねーかよ? 最初から話せ」


だが、そんな事を意に介さず不遜な態度を続ける。


老猫『貴様…只者では無いな? 儂を知るとは…』


そう老猫が言うと、急に炎に包まれたかと思うと、嵐と黒雲がが現れたかと思うと、猫を巨大な火柱が覆い、その中から3m程の大きさの、全身炎に包まれ、牛車の車輪みたいなものが後ろ足の横に浮いている、大猫に変化した。


黒い男「ぉお~…でっけ」


手で大きさを測る様な仕草をしながら言う。


巨大老猫『貴様何者ぞ? 儂にこんな真似をして…地獄に連れて行くぞ?』


見下ろしながら言うその言葉は、威嚇を込めた脅しだった。


…だが、


黒い男「お前…"火車(かしや)"だろ …というより、"テンマル"? ―だが、視る限りは"魔道火車(まどうくしや)"? ワザワザ地方から…」


全く聞かれた事を無視した答えだった。


魔道火車『ほう…! よく知っているな? 数百年以上生きた儂にそんな態度を取る輩なぞ、初めてぞ 普通ならば儂に相対した者は恐怖するところを…!』


感心している口振りだった。


黒い男「お前―…今回の事件の犯人の背中、押したろ?」


魔道火車『事件? 何のことだ?』


黒い男「トボケんな お前、ずっとアイツ犯人の傍にいたろ だから彼処ら辺にお前の毛しか落ちてなかった…神奈川県は野良猫が多いのに、彼処には猫の気配がしなかった…案の定調べてみたら年を経た猫の毛だった…」


魔道火車『ほぉう…よく気付いたな…儂に』


感心した様に眼前の男に言う。


黒い男「仕事だからな …んで、欲望に従わせる為に そして、その被害者を食らう為に…お前は犯人の男の周りを彷徨うろついた… だから、ウチの後輩橙の女に魍魎なんかを差し向けた…」


魔道火車『事件… あぁ…! あの若造の事か! なァに…チョイとだけ…そう、ほんのチョイと本能に従わせただけよ …それにどうせあの者、何もせずと結局何時かは手を出したであろうことは明白だった あれは元よりの狂人よ』


首を傾げながらそう答える。


魔道火車『それに、魍魎共を嗾(けしか)けてやった小娘、どうにもあの若造の周りを嗅ぎ回っておって迷惑でなァ…特にあの犬は厄介であったな…しかし、あの娘の経験の少なさで事無きを得た 儂へは辿り着けなんだな』


最後は口角を上げ、ニヤリと笑った。


黒い男「…そーかよ… そうやって…お前は転々と地域を移動しながら、加害者になった奴等の背中を押してきたのか」


魔道火車『お前…詳しいな』


感心しながらも、その眼には殺意が籠もり始めていた。


黒い男「100年前、この神奈川の山村で起きた死体損壊事件―…アレもお前だろ?」


魔道火車『何かあったか―? 何分前過ぎて覚えておらなんだ』


そう言って顎を手で押さえて考え込む仕草をする。


だが、


左手で右手の脇差を神速で抜刀し、魔道火車の前で横に一薙ぎする。


黒い男「トボケんなっつったろ お前は馬鹿じゃない…覚えてるだろ 子供が近所の知人であった女の死体をイジッたヤツだよ」


言いながらその脇差を右手の鞘にゆっくり収めると、魔道火車の髭が一本だけ切れ、はらりと落ちた。


魔道火車『ほう…よく知っている…儂の事もな』


黒い男「答えろ」


その言葉は何よりも冷たかった。


魔道火車『…そうさな、あれも大した事はしておらん… 元々あの子供も狂人よ あの子供、1年以上観ていたが、初めて死体を視た時以来その事ばかりが頭の中に在りよって、他に興味が抱けなかった…! 元よりあの子供は狂っておったのよ!』


黒い男「…」


その言葉を黙って聞いていたが、口を開く。


黒い男「…3年前の九州の事件もか?」


魔道火車『あぁ…! アレも同じぞ! 儂はほんのちょっと背中を押しただけ…! 皆同じだった…"視たら良い"…そう心の中で思いを伝えただけ…! そうしたらどうだ! 皆同じ欲望に沿った行動に出た! 何と浅ましく愚かしい…! 人間とは!』


とても優越に浸り、人というモノを見下した言い方だった。


黒い男「…確かにな」


静かに、冷静に述べる。


黒い男「確かに殺人を犯した彼奴等犯人達は、そもそも欠陥があった… 反社会性人格… 日常生活や正常な人間関係を築けず、犯行に至った…罪を犯した だが、それも人間だ それを裁くのも人間だ お前の様に陰で死体掻っ攫って漁夫の利を得ようとするクズは…許せんな」


その言葉は刺す様な冷たさだった。


魔道火車『言うな人間よ…儂に勝てると思っているのか? 貴様如き脆弱なヒト風情が…』


言われて頭を掻きながら下を向く。


黒い男「まぁな 猫派なんで虐待は嫌いだけど…そこまで敵対する害獣は始末しなきゃならねー それに何より…」


顔を上げて魔道火車を指差し、


黒い男「お前は可愛くねぇ」


魔道火車『よかろう、人間… やってみよ!』


そう言って魔道火車が全身の毛と炎を毛立たせ、威嚇の態勢を取る。


黒い男「じゃ、遠慮せずやらしてもらうわァ」


右手の脇差を右腰に掛け、左手で刀を抜く。


魔道火車『なんだ?貴様…! それだけで儂に立ち向かおうというのか!?』


莫迦にした様な口調だが、


黒い男「アレ? 気付かないの? 300年くらい前に斬られたよねぇ…」


そう言われ、みるみる魔道火車の表情が驚愕に変わる。


魔道火車『貴様…! それは…っ! 真逆(マサカ)っ…?!』


黒い男「そう…この脇差は"火車切広光"―手配するの大変だったんだからなぁ」


魔道火車『ならばっ…背中のソレは…っ それは…!』


黒い男「そう…これこそ、実際にお前を一度斬った、加賀の刀工"藤島友重"が鍛えた"火車切"だ…!」


言いながら右手で背中の鞘から刀を引き抜く。


魔道火車『そんな…?! そんなっ…!!』


魔道火車の顔は恐怖で焦り、後ろに後退っている。


黒い男「コレが一番大変だったんだー…手配すんの」


そう述べると、左足を前に腰を深く落とし、重心を前に、右手を後ろ手奥に、左手を顔の横にして構える。


魔道火車『やめっ…! 止めてくれぇぇぇぇ!!』


恐怖からしているその様は、無様だった。


黒い男「…お前はその様を外から見てたんだろ」


そう小さく発すると、後ろの右足を蹴って、飛翔した。


一瞬にして魔道火車の前に来ると、左手の脇差を思い切り薙いで、魔道火車の右前足を斬り落とした。


魔道火車『ゲェェエエエエエエエ!!』


血が噴き出し、苦痛により何とも言えない雄叫びを上げる。


そのまま左手を振った流れで、勢いを付けた右手の刀を真上から振り下ろし、腹部から右後ろ足を掻っ捌く。


魔道火車『ゥガァァアアアアア!!いたいいたい!!』


苦しむその姿を全く無視して、刀の連撃は続けられる。


黒い男「ふっ!」


その振り切った勢いのまま少し跳躍し、両手の刀で縦に回転しながら、胸部から下を連続して斬り付け、遠心力を得た右手の刀を地面に叩き付ける勢いで裂く。


魔道火車『ァァァァアアアアアア!!いやだ!いやだァァ!』


その苦痛の叫びも無視し、右手の刀を逆手に持ち替え、地面から真上に跳躍し、胴体を真っ二つに両断する。


黒い男「…それは被害者の女達も言ったハズだ」


吐き捨てる様に言いながら、上まで切り抜いた右手を外側に振る、と同時に左手の脇差で顔面をもう一度斬り裂き、それと同時に空中で身体を横に回転、両手を交差した後、顔面を×字に斬り割いた。


黒い男「お前の罪を…贖え」


そう短く呟くと、着地した。


魔道火車の身体は、血を吹きながらゆっくりと後ろに倒れ込んだ。


刀を鞘に収めると、血に塗れた魔道火車のその身体に、腰のサイドバッグに入った符を貼り付ける。


黒い男「オン・帰命し奉る、バゾロ・ドハンバヤ金剛を生み出さんが為・ソワカ、成就在れ…」


真言を唱えると、光と共に魔道火車が浄化され、生まれたばかりの子猫になった。


子猫は気弱く不安げに鳴いている。


側に寄り、両手に優しく乗せる。


すると、不安が減ったのか、嬉しそうなか細い鳴き声を上げる。


黒い男「…これで、"金剛部三昧耶"によって、お前の"意"は浄化された…」


小さい頭を優しく撫で、間を置いて深く息を吸う。


黒い男「お前は…長く生きる中で、人間の汚さを知ったんだろうな…一寸した事で変わってしまう曖昧さと、同族同士での醜さを…お前自身が迫害される事も多かった頃だ…だから、人間に絶望し…いや、正しくない事に絶望したんだな…ずっとお前が…恐らく初めて愛してもらった人間と比べていたんだろ… だからそれと比べて醜いって言っていた…」


手元の子猫は落ち着いたのか眠りにつき始めている。


黒い男「でもだからってお前の何百年に渡ってやってきた事は許されない…だから、チャンスをやる 今度は愛されて育て そして、他者の為に力を使ったりしてみろ …それだけ長く生きたらな お前は協会で面倒をみさせてやる …その代わり道を間違えたら…オレか協会の人間がお前を処理するからな…」


そう手の上の子猫に言うが、もう既に寝入ってしまっていた。


黒い男「…ま、わかんねーとは思うケドそういう事だからな」


そう言って、結界を解くと、公園の外に歩き出し、帰路に着いた。


黒い男「…先ずはコイツの新しい名前決めなきゃな…」


そう言いながら、静寂に支配された、深夜の誰も居ない住宅街に、消えていった。




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