―東京異聞録―
人 前編 其の一
―序―
―2004年2月28日(土) 夜―
―港区 芝 東京タワー大展望台上部外郭―
その日は風が強く、寒かった。
東京タワーも営業を終了した夜10時過ぎ、大展望台の上の外郭に、人影が在った。
黒いコートをたなびかせ、下界からの光を浴びていた。
外下に視線をやると、徐(おもむろ)に下界へと飛び降りた。
その先には、一つの学校があった。
一
2004年2月28日(土)夜10時―
―港区芝、私立御厨(みくりや)中高等学校校内 四階廊下―
夜中の学校は薄気味悪い―そう言われているが、実際に来てみると、より一層不気味だった。
テレビでやっている学校の怪談のドラマを最近観たお陰か、尚のことそれがフラッシュバックして脳内で比べてしまい、虚川真美(うろかわまみ)は余計にそう感じてしまっていた。
そもそも、こんな時間に学校に来ようなどとは絶対に自分一人では思わない。
だが、中学卒業の記念にと、クラスメートの仁科成実(にしななるみ)が誘ってきた。
彼女は卒業と同時に別の高校へ進学するというのだ。
どうやら、"こんな真面目な校風は自分には合わない"のだと。
明るくて前向きな彼女の夢はファッションデザイナーだと言うが…正直自分には理解出来ない事だった。
何故わざわざ苦労して入った中高一貫の学校を出てまでするのだろうか?
それだったら最初からそういった学校を目指せば良いのに…
そうでなければ勿体ないし、何より非効率だ。
親が真面目でそういう家だから出来なかったとも言っていたが…
折角受験も無く、将来安定を得られる可能性も上がるというのに…
クラスで仲良くしていて、いつも連んでいるグループの一人だが、真美の成実に対する認識は、そこまでだった。
しかし、こんな深夜の学校に潜入して、何の意味が在るのか、成実の心境はさっぱり理解出来なかった。
バレたらどうなるかわかったものではないが、どうにかなる方法があるといっていたので、少しだけならと思い出作りに付き合う事になった。
沙耶「うぅ~っ…! やっぱ怖くない? こんな真っ暗な廊下…怖いよ…」
そう言うのはグループの一人、梁本沙耶(やなもとさや)だった。
学校指定のダッフルコートの上からでも判る少しふくよかな体躯と、背が低く臆病な性格の彼女は、隣にいる村元茜(むらもとあかね)の腕にがっしりしがみついていた。
茜「大丈夫だよ…誰もいないって…それよりそんなに引っ張んないで…袖が伸びる」
沙耶より少し背も高い茜はいつもと同じ様に冷静に答えながら、突っ込みを入れる。
沙耶「だってぇ~…怖いじゃん~…真美ちゃんもそーでしょ?」
真美「え??! あ、うん…」
急に振られ、余り良い返事が出来ず、皆より少し大きめのダッフルコートの裾から腕を出し、後頭部を掻きながら曖昧に答えてしまう。
沙耶「ホラ~ やっぱ怖いんだから止めようよ~…」
そんな返答の曖昧さは気にせず、短めのポニーテールをふるふる振るわせながら更に茜にしがみつき、歩みを止めようとする。
茜「重い…! 離してよ…! てか袖!苦しい!」
小声でそう言いながら、掴んでる手を離させようとぶんぶんと手を振るう。
振るう毎に茜の黒髪ロングが揺れて、良い匂いが拡がる。
着ている学校指定のダッフルコートの袖は、既に沙耶にしがみつかれて伸び、茜の首元に食い込んでいる。
それを真美は横目で見て、いつもの絡みが始まったと感じた。
二人は家も近く仲が良い。それが、関係性にも表れていた。
真美「もうちょっと静かにしないと、警備員にバレるよ?」
そろそろ場を収めないとならないと思い、二人の中間くらいの背の高さである真美が、その間に割って入る。
沙耶「でもぉ~…」
茜「ありがと…」
不服そうな沙耶と解放されて一息吐く茜を尻目に、先行している成実に目を向ける。
真美「なるちゃん、どこまで行くの?」
そう問うと、先頭にいる成実は振り返った。
成実「もーちょっとだって アタシ達のクラスまで行けば、手伝ってくれた人もいるからさ」
その薄い茶髪セミロングの、今風といった雰囲気の成実は、制服姿で人懐っこそうな笑顔を見せていた。
沙耶「それなら早くしようよぉ~…」
茜「そうだね 流石にバレたらヤバいから、早く終わらそ」
真美「なるちゃん はやくしよ?」
真面目な学校で少しは冒険もしてみたいという思いは少なからず在ったが、流石にヤバいと思い始め、焦りが生まれる。
成実「わかったわかった」
そう言うと、成実は再び前を向き、歩き始める。
沙耶「それにしてもホントに入れたね~学校」
茜「ホントに どうやったの? なる」
成実「だから手伝ってくれた人がいるんだって」
真美「スゴイね そんな人いるの? …でも、ヤバい人じゃないよね?」
少し不安になって聞く。
成実「なワケないじゃん 皆知ってるよ」
茜「知ってる?」
沙耶「誰?」
成実「付いてのお楽しみ☆」
茜「?何それ」
その成実の物言いは、いつもと変わらぬ通りだった。
いつも明るい、来月にはいなくなってしまう友人の。
そうこうしている間に目的地である自分達のクラスはもう直ぐそこになっていた。
沙耶「やっとだぁ~」
目的地に辿り着く達成感と開放感が安堵を生む。
が、その時、後ろの方から階段を上る足音が聞こえた。
此処は中等部の四階であり、自分達のクラスは一番端の3―5である。
部屋まで、あと二クラスとなっていた。
成実「しゃがんで!」
小声でそう言うと、慌てて他の三人もしゃがむ。
息を殺してしゃがんでいると、階段の足音は、一瞬大きくなった感じがしたが、しばらくして静かになり、また階下に遠のいていった。
成実「…大丈夫っぽいね 起き上がって大丈夫だよ」
そう言われて緊張感が解けたのか、三人は大きな息を漏らす。
沙耶「怖かったぁ~…」
真美「いきなり人が来るとか…」
茜「それもあるけどやっぱり早く終わらせよう」
成実「もう着くよ ホラ」
そう言って自分達のクラスの扉を静かに開けると、窓際に一人、誰かが立っていた。
暗がりでよく見えない。
成実「連れてきたよ~♪」
そう成実が言うと、月明かりに照らされた人物が振り返った。
??「やあ」
茜「え…?!」
真美「屋本先生…!??」
それは、数学教師の屋本弦吾(やもとげんご)だった。
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