第六話



―10月27日(金)午後―


―横浜中華街 青龍門横、ビル上階一室―



あれから二十日以上経っていた―


制服を調べた結果、失踪した女子高生の物で在る事は間違いなかった。


だが、捜査は行き詰まっていた。


制服を発見出来た事は、大きな進展だった。


だが、それ以外は、特に真新しい発見は無かったのだ。


そこでまた、行き詰まった。


集団自殺や生贄祭の可能性も考えて付近の林間部に赴いたのだが、目ぼしいものは何も無かったのだ。


そのため、そこから協会、神奈川県警と連携を取って、3週間調査をしていた。


結果、今日入った情報だが、八王子で失踪したという女性の兄から捜索願が出され、それを追った結果、一人の男と、それに対する情報提供者が現れたという事だ。


今日、その情報提供者と会う事になっている。


午後2時を過ぎたあたりか、部屋のドアをノックされたのは。


橙の女「あ! はいー! 空いてますどうぞっ」


突然の来訪で慌てて椅子から腰を上げると、足を椅子に打つけてしまった。


その言葉と共に入って来たのは、長い黒髪で薄化粧のその顔は、卯建が上がらず、グレーの薄手ニットのセーターとベージュのフレアスカートという服装が、更に拍車を掛け、自分とそんなに変わらなさそうな歳なのだが、暗い雰囲気によって、年齢を判らなくしていた。


??「失礼します…」


更に視線を下げ、眼を合わせない様にするその様は、その素養が無い他人の自分からすれば、根暗に感じさせた。


橙の女「あ…渋沢栞さん…ですか?」


しおり「はい…そうです」


橙の女「お忙しいところ済みません 今日は少し聴きたい事があってお呼びしたんです」


しおり「あ…はい…あの…私、何かしました…?」


恐る恐る訪ねてくるそれは、自分の何かが違法性が在ると告げられる様な緊張感を晒していた。


しおり「私、ただ知ってるアカウントだったんで教えただけなのに、今日も刑事さんが訪ねてきて…」


橙の女「あー…それは怖かったですよね? 渋沢さんを何かの犯人だと断定してじゃないので、気を楽にして下さい」


オドオドした風であったが、その言葉を聴いて、少し緊張が解けた様子だった。


しおり「そうだったんですか…? 良かった…何なのかって不安で…」


しかし、栞は緊張が解けても、その気弱な感じが、自分の中では気を許せていなかった。


そんなに暗くするくらいなら、世の中の楽しい部分を視て、享受すれば良いのに…


それが、自分の意見であった。


それ程までに、まだ、他人を受け入れる、許容する余裕が、本人には無かったのだ。


橙の女「今日は、わざわざ横須賀から有り難う御座います…どうぞ? 掛けて下さい」


そう言って、デスクの前にある椅子を差す。


しおり「あ…ハイ…」


そう言って、ゆっくりと椅子に掛ける。


栞が掛けると、次いで自分の椅子に座る。


橙の女「それで―…今回失踪した人物と一緒に居た男性を知っていると…?」


ゆっくりと慎重に言葉を選んで述べる。


しおり「あ…えぇ…来る前に、表で待ってくれている刑事さんに動画を見せてもらって…」


橙の女「この方ですよね?」


そう言いながらノートPCを弄り、画像を栞に向ける。


しおり「あ…! ハイ…! そうです…! この男の人です…!」


指でPCの画面を指しながら、驚きつつ言う。


しおり「でも…この隣の女の人…」


そこまで述べると遮って、


橙の女「この方との関係は?」


しおり「え?? あ…それは…」


そこまで言って、バツが悪そうに視線を逸らした。


橙の女「教えて下さい この女性は21日を最後に行方が判らないんです」


しおり「!そんな…え!?…そ…! 昨日だって…?! え…?!」


酷く混乱している様だった。


橙の女「昨日は何をしたんです?」


しおり「…昨日は、電話してました…夜遅くまで…」


橙の女「どんな内容の?」


しおり「普通の…本当に普通のこと…あ、でも…」


何か思い出したのか、言い淀む。


しおり「洗脳がどうとか…言ってて…でも、それは以前私が口にしたぐらいで…でも彼が興味を持ったみたいで…」


喋りながら顔が青ざめていく。


橙の女「その彼とはどこで会ったんです?」


しおり「それは…その…」


憚られる場所なのか。


当たりか。


この女は何かを知っている。


その思考が巡る。


橙の女「何処ですか? 一刻を争うんです」


最後はハッキリとした口調だった。


その口調に事態を察したのか、其処からはアッサリと喋りだした。


出会ったのはSNS。自殺志願者の集い。実際に未だ会ってはいない。電話で実際話している。遣り取りはほぼ毎日。


そして…


しおり「名前は…彼から聞いてたのは…"しょう"…"河原崎しょう"って…歳は25で…ロフト付きで…町田に住んでるって…」


橙の女「!」


それを直ぐメモる。


橙の女「他には?」


しおり「え…? えっと…?」


橙の女「どういう会話をしたんです?」


しおり「!あ…えと…」


再び言い淀んだ。


余程負い目があるのだろうが、そんな事に興味は無いし、どうでもいい。


橙の女「大丈夫です 貴女は何も悪くは無いですし、彼を助けたいでしょう? 手助けをして欲しいんです その為には彼の情報が必要なんです」


しおり「あ…ハイ…」


その言葉で再び気が楽になったのか、語り出す。


その会話内容は、普通ではなかった。


その"しょう"(仮)は、一緒に死にたい、それを拒否られると会いたい、好きだ、暮らしたい、となっていき、平然と死という言葉が出てくるが、相手である彼女には優しく、悪い事では無い様に振る舞っているのが恐ろしい…余程そういった手合いの扱いが慣れているかの様だった。しかも、働くのを嫌がり、相談に乗った彼女の金を狙う様な素振りも、聞いている限りではあった。


何という輩なのだろうか…?


完全に異常だ。


それなのに遣り取りを続けている、眼前の女もだ。


しかし、その考えを顔に出さず、情報を引き出していく。


しおり「あ…そういえば、10月を越えた辺りから、お金が出来たって…」


橙の女「?…働いてないのに?」


しおり「そうなんです…それに、以前話してる途中に人の声や何かが滴る様な音がして…」


橙の女「それで?」


しおり「その話は止めてくれって言われて…幽霊かもって私がふざけて言ったら、本気で止めてって…」


橙の女「…そうですか」


欲しくなかった情報だった。


いや、必要ではあったのだが、聞きたくなかった。


その会話の内容から推察するに、恐らく彼女達は死んでいる―と。


助けられなかった、救って解決出来なかった自分に怒りが湧く。


寧ろ、その情報を危機感無く寄越したこの女に怨み言をブチまけたくなったが、抑えた。


―何が、死にたい―だ、フザけるな。世の中には生きたくても生きられない人間もいるのに―


とても理不尽な思考だが、若い自分には、まだそう処理は出来なかった。


黒い男(先輩)なら落ち着けと宥めてくれるだろうが、今は違う。


抑えるのが辛かった。


自分は思った。


この女が"キライ"だと。


だが、顔には出さない。


この女は、この誘拐事件…犯人のパイドパイパー(笛吹き)と信頼関係が出来ている…


橙の女「解りました…渋沢さん、ご協力を願います」


しおり「…は?」


その突然の言葉に、栞は目を丸くした。



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