地 其の一 ―日常―
―2003年 6月末 正午―
―新宿駅―
梅雨は目前だった。
だが、その日は天気も良く、夏と言わんばかりの陽射しだった。
4月に世田谷で怠惰の大罪を滅し、二人の氏神であるじいさんに紹介してもらった殆ど開店してない骨董店「DPP」店主Sさんと出会い、師事することになった。
5月には、様々な協会からの任務をこなし、Sさんと対峙する忍者と出会い、でっかい山羊の化物と対峙し、東京を護る一族の末裔「坂本 竜尾鬼(たつおき)」に出会う。
今月には六本木でインカレサークル代表に憑いた強欲の大罪を滅した。
けれどその最後で現れた"坂本竜尾鬼"… あんな細い身体で鬼の様な容赦の無い戦い方…それを目の当たりにした自分は、こんな人間がいるのか? と疑問を抱かざるを得なかった。
しかも、悪意無く純粋に。
一本の打ち刀だけでそれをやってのけていたのだから…どんな能力者なのだろうか?
しかも本名で渾名を名乗る必要が無いとは…どういうことなのか。
三ヶ月経っても、自分には未だ解らない事も多い。
けれども、良い事は多い。
仲間が出来た。
この二ヶ月間だけでも、色々な人に出会えた。
そして、色んな場所に訪れた…やっぱり、自分で外に出るって重要だ。
色々な経験が出来るし、知識以上に得られるものが多い。
心が晴れていく気がする。
淀んでいた自分の心が晴れる。
…だが、一つ気になる事も在る。
最近、
というか、自分に対する態度が変なのだ。
二人とも名前を教えてくれた。
青い符術師は"トシ"、金鈴の巫女は"スズ"と名乗ってはくれた。
だが、それも本名ではないと。
何故なのか本名を聞いた時も、明らかに聞かれたくないという表情の変化と話題の逸らし方をしたのだ。
しかも、それ以来様子がおかしい。
仕事にも影響が出ている。
鈴(スズ)に関しては、能力を使用する際は髪が一部金髪に変化していたのだが、最近は能力を使用しても黒いままが増えた。
心配してそれを問うと、何故か、申し訳なさそうな顔で此方から眼を背け、小声で「ごめんなさい」と謝るだけ…何なんだ?
よくわからない…
そんな、一人後ろ向きな悩みを馳せようとした中、突然自分の名前を呼ばれた。
―同刻―
―新宿アルタ前―
<i481136|31938>
声を掛けられた方を向くと、一人の女性がこちらに向かってきていた。
それは、先日の六本木で起きた大罪事件に巻き込まれていた「飛羽惰(とわだ) 愛己(まなみ)」だった。
なんとか独りだけ、彼女だけは自ら助ける事が出来た。
少しふくよかで大人しそうに見えるが、明るめの小綺麗な格好をしており、対峙した相手には控えめな対応から地味さを感じさせている。
それは、暗くはないのだが積極性が無く、主体性が視得(みえ)ない言動から現れているのだろう。
その彼女が心配だった自分は、それからも何度かやりとりをして、支えているつもりだ。
愛己「こっちですよ …あ、」
視界に彼女を捉え、足早に向かうも何かに気付き、言い淀むと、
愛己「"黒い男"さん」
黒い男「ちょッ! 飛羽惰さん! 街中だと…!」
漸(ようや)く先週付けたその"呼び名"を街中で急に街中で呼ばれ、周りを見回しながら愛己に近付く。
だが、実際には周囲の喧騒に紛れ、それ程此方を見た者は居ない。視ても直ぐ興味無く視線を戻していた。
愛己「あ、そうでした? ごめんなさい。そっちの方がやっぱり良いのかな…って」
そう、軽く会釈しながら謝罪する。
黒い男「あ、いや…別に悪気が在ったワケじゃないんだろう? だったら構わないよ」
愛己「そうですか? なら良かったです あ、でも名前…本名が良いですか? 折角…その…なんでしたっけ?」
謝罪をこちらが受け入れると直ぐ様話題が切り替わる。
そのコロコロ変わる表情の変化はイヤではない。
人付き合いが上手いのは、流石現役早稲田生だ。
…彼女が巻き込まれた今回の事件は大事に成る。
強欲に憑かれた超巨大サークル「スーペル・リーベルタス」代表の暴走…
そこに介入するためには、自分も正式に"協会"「プルス・アウルトラ」に登録しなければならなかった。
そこで付けたのが、この呼び名だった。
単純に一番自分らしく判り易い。…だが、中二が考えた様な名前を呼ばれるのは矢張り…気恥ずかしいなんてものではないのだ。
黒い男「いや…飛羽惰さんが言いやすい"黒い男"でいいよ…」
間違われてもアレだし、これからどうせ慣れなければならない名前だ。
愛己「そうですか… わかりました "黒い男"さん」
彼女はそう重く受け止めず、簡単に答えると、直ぐ様呼び名を切り替えた。
深く受け止めていないのかなんなのか、それでも重く捉えすぎる自分としては、そのさっぱりしたところは居て楽だった。
黒い男「それじゃあ、今日は何処に行こうか?」
愛己「そうですね 以前黒い男さんが良いって言ってくれてた靖国通り沿いのパスタ屋さんで良いです」
黒い男「え…君の行きたいところで構わないよ 他にないの?」
愛己「特に気にしないでください メールでお話しした通り美味しいんでしょ?」
黒い男「ああ、まぁ…」
実際には二回くらいしか行った事は無い。しかも人に連れられてなのだが、それは未だ言っていなかった。
だから、お薦めなどは全く解らなかった。
愛己「じゃあ、そこで良いですよ」
黒い男「あ… じゃあ、わかった その店に行こう」
そう笑顔で答え、人通りが増えた昼時のアルタ前から、靖国通りへ向かった。
黒い男が少し前、飛羽惰愛己が少し後ろを歩くという、奇妙な距離感で。
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