第十六話

四十三



5月31日(木)夜11時58分―


―町田市 南 廃工場内―



蹴り開けた扉が勢いよく開き、静まった屋内に響く。


黒い男「ですよね?」


そこは薄暗く、少ない明かりが点る、縦長で、工場の設備が置いてあったであろう場所だった。


設備は根刮ぎ無く、だだっ広い空間になっていた。


その奥に女性が三人居る様だった。


意識は無いらしく、横たわったまま、何の反応もなかった。


そして、その前に一人の男が立っていた。


シャツを着込みスラックスの様なパンツを履いた170㎝程の中年…


黒い男「中之センパイ」


白の男「中之?!オマエ…!?」


それは思いもしない答えだった。



5月31日(木)夜11時59分―


―町田市 南 廃工場駐車場 車内―



青い男「川母利さん?! え!? は?!」


有り得ない状況に声を上げ立ち上がる。


立ち上がりながら送られてきている映像を見詰め、横を確認すると、確かに中之の姿がない…


青い男「何時の間に…?!」


鈴木『あぁ、最初にお二人が道に入り込んで、十分くらいしたら…ですかねぇ タバコ吸いに行ってきますぅ~と言って』


オンラインで繋がっていた鈴木が伝える。


青い男「だッッ…! なんでそれを…!」


言い掛けて途中で止める。


それどころではない。


現状を伝えなければならないから。


青い男「最初の段階から居なかった様です…!」



6月1日(金)夜0時―


―町田市 南 廃工場内―



白の男「はァ?!なんでそれを早く言わねーんだ!バカ野郎!」


それに反応する。


言葉は辛辣だった。


青い男『すいません…!』


白の男「様です…じゃねー! 意思疎通が上手く出来なきゃ失敗するだろ! 報告は早くしろっつってんじゃねーか! 使えねーな!」


黒い男「まぁ…それは今いいですから」


余りの憤慨振りに流石にたしなめる。


今はそれどころではないから。


黒い男「…あの妖精姿…アルプになって抜け出したんだろ」


青い男『アルプ…? て…?』


黒い男「アルプってぇのはドイツの夢魔で、自分の姿を透明に出来る帽子を被っていて、主に女性の夢に入って精気を吸うとされている」


白の男「女限定なのが中之ぽいな」


侮蔑を込めた言い方だった。


青い男『!…一ヶ月前の不細工な妖精みたいなのって…!』


黒い男「そ、中之センパイだよ

そもそもアルプっつーのは他宗教から見た、堕とされた妖精の事だ」


青い男『! …だからエルフ=アルプ…!』


黒い男「そ …一ヶ月前、言えばもっと前から関わっていたんだよ 中之センパイは」


青い男『じゃあ…ずっと川母利さんは…』


黒い男「悪事に荷担してたって事 …ま、を視る限りじゃ本格的にだけどねー」


奥の気を失っている三人を見ながら言う。


黒い男「ま、邪気やらは一等強いみたいだねぇ 夢の世界でこの敷地一つ覆うとか… 尋常じゃないでしょ」


そう言いながら外を見遣る。


青い男『考えらんないわ…』


およそそ自分では至らない畜生な行動に驚きを露わにする。


黒い男「…で、目的はその女性ですか? 中之センパイ」


その言葉には眼もくれず、中之は眼前の女性を眺め続けた。


中之「春ちゃんは、ぼくに元気をくれるんですよねー… 歌ってる時からずっと好きだったんですよー…」


口を開いたかと思えば、そのアイドル、弓嶋春香ゆみしまはるかをじっと見詰めながらにやついた笑顔でそう言う。


青い男『この女の人…川母利さんがいつも言ってた地元が一緒のアイドルグループのコ…!』


それに気付き思わず声に出していた。


黒い男「そうらしいな…他の二人も其処にいる…一緒に攫ったんだ

…確か、中之センパイがマネージャー解雇された…ですよね」


白の男「おう…ケツ追っかけて、事務所にバレて…挙げ句最期は逆ギレしてクビ…の流れのな」


その言葉には明らかな怒りが籠もっていた。


白の男「オイ! 中之! オマエ何考えてんだ?! 邪魔すんじゃねー! 俺に迷惑かけんじゃねーよ! その女達解放しろ!」


中之「辞めた後もfacebookで繋がってくれてるしー…

ライブに行っても何一つ気にしないで笑顔を向けてくれてたしー…

CD買った報告してもコメントくれてたんですよねー…だから」


そんな言葉に耳も傾けず、思い出語りの様に続ける。


それが不気味でもあった。


白の男「…だから? …答えになってねーぞ…!」


答えになってない返答に更に怒りが増していた。


中之「僕の事をもっと知って貰って…好きになってもらうんですよー…」


その眼は野心的だった。


いつもの純粋でキラキラした眼ではなく。


…イヤ、それはそれでキモイのだが…四十越えたヲッサンの純粋さなど…


何か、に憑かれた様な異常さは在った。


少なくとも普段なら会話が通じる理解力は在るハズの中之にそれは無く、自分語りしかしていなかった。


寂しがりの構ってちゃん中之には有り得ない事だ。


黒い男「だから、声を掛けたんですか? 同じ趣向の人達に」


白の男「何…?」


それは思ってもいない答えだった。


黒い男「今回の事件の関係者は全てですからね… その上で、此処は多分…中之センパイの"夢の中"ってカンジですか…?」


周りを見渡しながら言う。


青い男『何時から…?』


黒い男「ん?」


青い男『いつからですか…?! 気付いていたって…!』


自分だけ外されていたことに疑問を感じ、聞く。


黒い男「あー 恐らく全員中之センパイにカンケーあんじゃねってトコからだからー…先月の事件直後からかな

雄一と二人で事件の人間関係洗ってってー…ってカンジ」


青い男『…そんな前から…』


中に入れて貰えなかったのだという孤独感が胸を締め付ける。


黒い男「あ、お前を省いたのは別にハブにしたってワケじゃなく、考えといた方が良いなって事で放っといてたってだけ」


本当の事なのだろうが、そう言われても、今自分の現状では受け止め難かった。


白の男「が…アイツの…!?」


見回しつつ親指で刺しながら言う、


黒い男「だって…夢の様じゃないですか 女は居るし、ヤリ放題だし

それに同調した奴等で出来た夢の様な世界

…ただ、

中之センパイにはがあって、女にンスよね?恋愛マンガみてーな

でないと拒否られてヘコんじゃう

だから、外の奴等と違って…ですよね?

煩悩が強くなってもからなぁ」


青い男『ま…回りくどい…』


呆れて言う。


黒い男「ま、簡単に言えば、

付き合って欲しい→だからSEXしたい→良いよね?→うんハアト♪…の流れが欲しかったと」


白の男「まァ…中之はそんな思考だな…勇気ねーから」


黒い男「でも、自分だけ経験が無いのが焦りを生んだ

だって皆周りが好き放題してるのに出来ないなんてねぇ…悔しいしいたたまれないでしょー」


中之「…だから、これから一緒に高め合うんですよ」


漸く反応を示した。


よし…


だが、それは綺麗な言葉で取り繕っているが、その言葉に生気が無い。


良い言葉を言っているだけなのが直ぐ解った。


黒い男「高め合うヤツは連れ去ったりしないでしょ」


バッサリと切る。


そして続ける。


黒い男「それに…メンバーの二人はカンケー無いでしょ? なのに一緒に連れ去った時点でバレバレ」


中之「なにが…ですか?」


焦った様な言い方で答える。


黒い男「どーせその"春ちゃん"がダメだったら他の二人のどっちかに心変わりして、キミの方が―とか言うんでしょ

だから個人通知送ってたんでしょーが」


衝撃の事実をサラッと言う。


青い男『えぇ~…! 川母利さんサイテぇ~…』


自分第一主義なのを知ってはいたが、この状況でそんな事を考えていた事に心底のドン引き。


中之「…うぅっ」


当たったのか、非常にまずそうな顔をする。


自分が悪く思われるのが何よりイヤなのだから。


黒い男「言い逃れは出来ないですよ…! 調べたンスから

逆にこんなんしたら絶対嫌われますよ?」


畳み掛ける様に年上の引き籠もりヲッサンに対する説教と恋愛指南…


なんかヤ。


中之「そんなこと…そんなことないですよー!」


その強力な否定の言葉と共に、強力な衝撃が襲う。


白の男「うぉッ…!」


それと共に建物に衝撃が走る。


黒い男「おぉ~…! 本性見せ始めたか…!」


白の男「…? なんだコイツは…?」


メキメキと建物が崩れる音がする。


黒い男「!ヤベッ!」


白の男「出るぞ!」


そう言って、屋外へ向かい、走り出す。




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