第十七話

四十四



6月1日(金)夜0時18分―


―町田市 南 廃工場 裏手口 異界―



崩壊した工場の端から抜け出すと、建物を突き破り、は現れた。


は、三人のアイドルと中之を覆う様に、現れた。


の身体は不定形に動めきながらも赤黒く、肉塊の様であり、背中と思われる背部から、長さの異なる触手を何本も這わせ、その指の数もそれぞれ三~四本と不均等であり、色は紫がかっていた。


その頭部は長く延び、首に近い部分に口の様な器官が付いており、根本は肌色、延びるに従い、赤黒くなっている。


長く延びた頭の先は、陰茎の形を成して、蠢いていた。


中之を覆った半透明なは、およそ生物としての形を成していない"異形"としか形容出来ないモノだった。


そして、それと共に中之の股間が輝き、その輝きが、光の立派な陰茎をもたらす!


それに恍惚とする中之…!


周りに中之イチオシアイドル…!


…キモイ


控えめに言っても…!


キモイ!!


四十過ぎの童貞男が周りに女漂わせて自慢げにそんな顔されても、哀れでしかないのだ。


白の男「気ッッッ色悪ぃーなー!」


中之の、その恍惚とした表情に嫌悪感全開で言う。


黒い男「やーっとかー! "マーラ"!」


白の男「何?! ならコイツは中之チ○コだな…!」


黒い男「ま、実際ね…隠語なんでね…」


と、合いの手を入れるが、切り替え、


黒い男「さて… 天魔波旬てんまはじゅん様が人界に何の用かなー? まさか観光とか? …あ! 風俗巡り? ま、女体内たいないに取り込んでるしねぇー!」


そんな化け物を前にしても怯まずあざける様に言う。


マーラ『この者は我を喚ぶに相応しき器の男…正に欲の塊…煩悩の権化…!

これでこの世に欲望を蔓延はびこらせる事が出来る…!』


口の様な器官が動き、言葉を発する。


その声は、直接この空間に響く様だった。


重苦しく不快な声。


…だが、


黒い男「中之が権化?w さーすがァ」


白の男「まー実際楽してばっかだしな」


二人して煽る様に断言する。


マーラ『この男の煩悩は果てしない…自らは求めるのに動こうとせず、何かが起きると期待し、日々欲を求め動いている…! 何と烏滸おこがましきよ…! なんと傲慢且つ怠惰…! 何と強欲か…!』


喜びを得た様な、演説の様な語り。


黒い男「ぉお~! さァーすが煩悩の権化! 言う事が真に迫ってるゥー!」


拍手しながら言う。


白の男「中之は選ばれし煩悩だから当然だろ」


こちらも当然という様に言う。


マーラ「…ヒトの子等よ…貴様達は我に対して驚きも恐怖も無く対峙するとは…とでもいうか…?』


対峙する二人の余りに淡泊な対応にその言葉を口にする。


黒い男「ハイー? 悟りなんて開いてませんが?」


白の男「只の神だぜ」


黒い男「言い過ぎw

只の"調"ですが何か?」


それでも物怖じせずその態度を二人して続ける。


均衡きんこうを保ち、ひかりかげの調停を行う、それをになう「OrACle」からの使者―


それが自分達だ。


マーラ『調停だと…? ならば我を滅しようとするのは均衡を崩す事になるのではないか? 煩悩を無くそうなどと…

滅すべきは悟りを開き、煩悩を無くそうとする者共であろう』


最もらしい事を言う。


…が、


白の男「悪魔なんてのは何でもこーなのか?」


黒い男「…まあ」


呆れた様な会話を始める。


黒い男「…アホなんじゃねえの? マーラ様

大きさが在るでしょうが 煩悩にも悟りにも

少なければ問題は無いし、大き過ぎたら問題になる…

オマエが顕現けんげんした時点でバランスが崩れて大きくなってんだから調停するんだろうが… 悟りだってそもそもこの現代社会じゃ全員開くなんて出来ねーし…

…だもんで、この均衡バランスを崩すマーラ様オマエを…狩るんだろ」


余りの御都合主義意見に答えながら、二人して構え、


マーラ『ほォう…! この"殺すもの"…"死"と言われた我に抗うと…? 面白い…!

魔王マーラ・パピヤースに対峙しようとは!』


不遜な態度でそれを受け、強大な邪気を放ち始める。


白の男「うぉッ…! 強力じゃねーか」


衝撃に怯むが、


黒い男「さァーて、と…いっちょ行きますか!」


怯まず白の男に言う。


白の男「いや! 俺が行くぜェー」


やる気全開で前に出て言いだす。


黒い男「…は?!」


突然の申し出に意表を突かれる。


白の男「俺が行くぜー!」


意気揚々と言う。


黒い男「…イヤ、煩悩の塊なんだから…不動明王の真言しんごん独鈷杵どっこしょが無いと…」


白の男「だからお前が足止めすればいーんだよ!」


黒い男「…」


―しばし集考―


黒い男「イヤイヤイヤ…! だって"独鈷剣どっこけん"か不動明王の理力を借りないと…あと、女性が捕らわれてるんですよ!?」


そこまで喋って遮る様に、


白の男「だからそれを扱えるお前がサポートをして、俺が斃せば…! イケるだろ?!」


そう意気揚々と言ってマーラに跳躍する。


黒い男「えッ…?! ちょッ…!」


と、何の用意も出来ず突っ込む白の男を制止出来ず、その用意もままならなかった。


跳躍し、不透明なマーラに対し


白の男「高天原たかまのはら神留かむづます、皇親神漏岐すめらがむつかむろぎ神漏美かむろみ命以みこともちて、八百万神等やをよろづのかみたちを」


大祓詞おおはらえのことばを唱え始める。


そのけがれを祓う祝詞のりとは、唱え始めると周囲を清廉な輝きで覆った。


マーラ『おぉ…?!』


その輝きは段々と増し、拡がっていく。


白の男「神集へかむつどえ集へ賜ひつどえたまい神議かむはかりにはか賜ひたまいて、我が皇御孫命あがすめみまのみことは、豊葦原瑞穂とよあしはらのみづほのくに

安國やすくにたひらけくろしせと…」


マーラ『ふん!』


何本も在る触手の一つで、白の男は叩き落とされ、大祓詞はそこで終わった。


白の男「ぅおッ?!」


地面に叩き落とされながらも、着地寸前で体勢を立て直し、受け身を取りつつ転がる。


マーラ『?…なんだそれは…? 輝きを見せども半端な… ヒトの子よ…遊んでいるのか?』


いぶかしみ、率直の疑問をぶつけられる。


だが、


白の男「あァ?!」


疑問に対する答えは、過小評価をされたと感じる事に対する怒りだった。


白の男「オイ! サポートしろって言ったろ! おせーぞ!」


黒い男「そんな速く出来るワケ無いでしょ! 一人でやんないでくださいよ!」


白の男「あにィ?!」


…の反応を見て瞬間で答えを出す。


あ、メンドクサイ


黒の男「…落ち着きましょう! 先ずは斃す事ですよ…! そんで彼女達+オマケ(中之←出来れば) を助ける…!

オレが攻めますから、サポートをお願いします!」


先手を打って意見を出す


コレならだいjy


白の男「よし、ならお前の独鈷杵どっこしょ貸せ それで俺がやるからよ」


黒い男「はァ?!」


会話をブッた切ったそのとんでもない返答に思わず声が出る。


黒い男「イヤ…! コレはオレが不動明王に預かった物で、オレに力貸してくれてンスよ?! 貸しても本来の力は…!」


白の男「出来るに決まってンだろ! 俺は神なんだぜ!?」


…ダメだこの人…


丸で通じてない。


てえか冗談じゃなく、本気自分でばんのうを例えてたんだ…


白の男「お前は不動の真言唱えろ!」


そう言って、腰のサイドバッグに入っている独鈷杵を奪い、歩み出す。


黒い男「!あっ…! ちょッ…! ッもーッ! 繊細にやって下さいよ!」


…と、その独断専行に憤りつつも、サイドバッグから咒符を出し、用意をする。


白の男「たりめーよ!」


そう軽く答えつつ、今度の歩みは、さっきよりもユックリだった。


マーラ『ほゥ…! まだ向かってくるのか…! ヒトの子よ!

貴様では土台無理な話ぞ!』


白の男「うるせぇ…!」


マーラのその、あざける様に言う言葉を、余裕を持った顔で返す。


心なしかそれは顔と言葉に出ていた。


コレならイケる筈だと―


青い男「ナウマク・サマンダ・遍く金剛尊にバサラダン・センダマ帰命致しますカロシャダ・ソハタヤ恐るべき大忿怒尊よ・ウン・タラタ・カン打ち砕き・マン賜え!」


不動の中咒を唱え終わると、咒符が燃え上がり、清廉な炎が曼荼羅を描き、拡がる。


白の男「ぃよぉーし! 行くぜぇー!」


そう言って走り出し、マーラに向かい、跳躍する。


白の男「コレで効く筈だろぉーっ!?」


上空で独鈷杵を右手で握りしめ、その拳を振りかぶる。


マーラ『なんだそれは』


一番長い触手でべちッ!と叩き落とされる。


ビターン!と地面に叩き付けられた。


白の男「ぐッ…! 効かねーじゃねーか! なんだコレ!」


起き上がりながら文句を述べる。。


黒い男「イヤだから! オレが理力を得てるんだから! 無理っつったじゃないスか!」


マーラ『ヒトの子よ… 貴様はなんなのだ…? 我に抗う力を持ち合わせていないというに…我に向かってくるとは…何を考えている?』


その話を遮る様に割り込む。


白の男「あァ…?!」


その言葉に侮辱されたと感じたか、あからさまな怒りと敵意を向ける。


黒い男「…何…?!」


マーラ『貴様は我に楯突くのに力を使っている…何故だ…?

そもそも貴様の唱えた祝詞のりとですら、では我には通用せん…!

まぁ…我ではなく、もっと低俗な魔ならば効くかも知れんがな』


白の男「なァにィ…?」


怒りを込めた言葉で返す。


黒い男「…」


白の男「つっかえねーなー! はよー!」


そう言って、独鈷杵を投げて寄越す。


黒い男「どっ…! 一寸ちょっと! だから! オレが攻めますから!」


急に投げられたので、落とすまいと焦りつつ取りながらも、異を唱える。


白の男「イヤ! それはオレがやる!」


黒い男「イヤ、だから!!」


頑なに変えない事にツッ込む。


白の男「なんとか俺が活躍出来る様にサポートしろよ!」


黒い男「何言ってンスか! 普段やってるネットゲーじゃあるまいし、そんな簡単に出来るワケないでしょ!

そもそも何考えて大祓詞を唱えたンスか?!」


白の男「あァ? イヤ、フツーに意味込めて唱えたよ」


そう、サラッと答える。


黒い男「え… そうなの…?」


思いのほか、食って掛からず普通に答えたので拍子抜けする。


白の男「おう」


黒い男「あ…そう…」


そーこー話している間に、その様を視ていた(眼ェドコ?)マーラ様が、


マーラ『どうした? ヒトの子等よ! もう終わりなのか? 他愛のない!』


そう言いつつ歩みを此方に進めてくる。


自分達が入ってきた裏口辺りまで出てきていた。


想像以上のデカさだった。


黒い男「ちッ!」


舌打ちをしつつ、"陽"を右手で抜き出し、クイックドロウ早撃ちする。


それは、眼の片隅に入っていた、ボンベだった。


ガンッという音と共にボンベからは白いガスが漏れる。


白の男「何やってんだ? 爆発しねーじゃねーか!」


意味の無い行為に不満を爆発させる。


黒い男「しませんよ! 液体窒素なんだし!

…てえか、そもそもガスボンベだったとしても、撃ったって爆発なんてしませんよ…!」


白の男「…そうなのか?」


素直に聞く。


黒い男「そーなンスよ! 膨張したり、火花が出る様な弾とか、着火要因がなきゃ出来ないスよ…!」


白の男「おぅ…そうか」


納得したのか静かになった。


勢いよく漏れだした白い気体が、マーラにかかる。


マーラ『ぬぅぅぅ!? コレは!?』


マーラの身体が凍りだす。


黒い男「…液体窒素だよ 此処は化学工場だからな」


余裕の言葉だった。


マーラ「やるな…! ヒトの子よ…! だが…」


そう言って中之の光り輝く股間が更に輝き出す。


中之「はぁぁぁぁ~…!!」


恍惚とした表情で声をだらしなく上げる。


それと共に、液体窒素で冷えた部分が熱を帯び、溶け出した。


赤黒く隆起し、脈打ち直下そそり立った。


…なんだこの表現…


官能小説か!!!


ドキモイ…


控えめに言っても…


クッッッッッソキモイ!!!


マーラ『これで…問題は無い…この者の煩悩を使えば、この程度造作も無き事よ…!』


余裕の在る言葉を返す中、


??「ああああああ!」


突如、叫びつつマーラの横腹(?)を刺し貫いた者がいた。


鈴木『さァ!着きましたよ!』


そして突如としてインカムに響く鈴木の声。


…今まで何をしていたというのか…


白の男「…誰だ?」


鈴木ではなく現れた人物に対して疑問を呈す。


黒い男「?! …雄一!?」


それは、先が尖った刃状になっている独鈷杵、金剛降魔杵ごうましょうだった。


その姿は何かあったのか衣服が汚れ、傷付いていた。


マーラ『ゲェェェエエエエァァァァアアァァァ!!』


それが効いたのか、マーラが苦痛に悶える。


黒い男「アイツ…!? 何やって…!」


その言葉には、怒りが籠もっていた。



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