第八話

十五



―4月21日(土)深夜―


―上野 鶯谷駅北外れ 寂れたホテル―



青い男「え…?!」


訳も分からずその声が漏れる。


黒い男は縦に斬り付けたその刃を横に構え直し、回転しながら横に一薙ひとなぎする。


十字に斬り割かれた大猿が、四つの肉片になって床に落ちる。


と同時に、拘束されていた腕が床に落ち、青い男も尻餅を突きながら床に落ちた。


青い男「いてっ」


それ程ではないが、尾底骨びていこつから落ちたので反射的に声が出た。


絡み付いた腕を振り解きながら起き上がる。


青い男「いやースイマセン ミスっちゃって…」


いつもの軽いノリで返した。


…が、


黒い男「バカヤロウ! 何考えてんだ?!お前! 勝手な事して!」


思っていた返しと違い、本気の返答で萎縮いしゅくする。


青い男「え…あ…済みません…」


流石に本気で怒られ、罪悪感が出る。


黒い男「お前…解ってるのか?! 何やってるか!?」


そう言いながら"刀"を


青い男「…はい…」


滅多に本気で怒られない為、その怒りに対して眼を見られない。


その様子を視て、打たれているのは解る、だが続けた。


黒い男「人を助けるのが目的だろ…! 何か変だと思えば…! 助ける対象放って何してやがる!」


そう言いながら、ベッドの方に力無く横たわっている数人の女性に近付く。


青い男「あ…」


そう言われてぐうの音も出ず、押し黙って立ち尽くす。


さっきまでいた帽子を被った小柄で不細工な悪魔もいなくなっていた。


何をして良いか解らなかった。


黒い男「お前も手伝…!」


そう言い掛けた時、ふと足が止まる。


青い男「…?」


その違和感に気付き、顔をそちらに向ける。


女「ぁぁああああぁぁぁぁぁっ…!!」


突如ベッドの前にもたれかかっていた女が悲鳴を上げながら痙攣けいれんし始めた。


青い男「な…?!」


余りの事に脳内で処理出来ず、パニクる。


雄一『どうしたんですか?!』


黒い男「…遅かった…!」


青い男「…え?」


雄一『どういう事です?!』


黒い男「"繁殖"してやがったか…!」


青い男「…え?」


雄一『繁殖…?!』


その返答には底知れない恐怖が混ざっていた。


黒い男「"狒々ひひ"…!」


そうごちる。


女「ぅぅぅぅああぁぁぁ!!」


そうこう言っている間にも、八人程いるであろう女達の三人が、同じ様に絶叫を上げ始めた。


その絶叫と共に、女の股の間からは、黒い体毛に覆われた赤子が生まれた。


は、、そしてであった。


母胎と成った女は、その余りに短時間の出産での激痛により息絶えたのか、短い痙攣の後、動かなくなった。


青い男「…え?」


眼を見開いたゆるゆると自分に向かってくる。


青い男「な…?!」


余りの出来事に戦意が喪失したのか、どうして良いか解らない。


軽いパニックだった。


普段ならば何でもない事だが、叱責され、どう動いて良いのかすらも解らない―


つまりは対処出来ず、


―困っているのだ


有り得ない速さで生まれ―


有り得ない速さで眼を見開き―


有り得ない速さで動き出す―


その事態に、混乱してしまっている―


青い男「ぅ…わッ…!」


後退あとずさる。


自分に近付くこの異形の存在が、どうしていいのか解らない―


形容し難い感覚が自分を覆う。


後退り、気付いたら、背は壁だった。


どうしたらいい?


どう動けばいい?


それが自分を追い詰めていた。


倒せばいいのか?


斃す?


どう斃す?


でも出来るのか?


…自分に?!


堂々巡りだった。


猿「ア…アァ…」


そう音を発しながら、ソイツ小猿は噛み付こうと飛び掛かってきた。


黒い男「そこまで」


そう言って、刀をカチンという鍔の音と共に納刀する。


飛び掛かってきたソイツ小猿はバラバラになり、床に転げ落ちた。


飛び掛かった瞬間、瞬速で斬り割いた様だった。


雄一『何があったんですか?!』


そのただならぬ音に反応して雄一が問う。


黒い男「お前は生きている女性を連れて外に出ろ」


他にも飛び掛かってくる小猿を斬り伏せながら続ける。


黒い男「早くしろ! "親"はオレが狩る!」


雄一の言葉を無視し、告げる。


青い男「…え?」


今、"親"と言ったか?


アレだけではないのか?


自分の見解の甘さに対し、冷や汗が出てくる。


…甘かった…! 本当に…!


黒い男「…雄一、お前はこのホテルの外に女性を出すから、東京旅館組合に連絡して救護して貰う根回しをしろ」


刀でく様に小猿を斬りつつ、言う。


雄一『あ…解りました…!』


そう言ってインカムが切れる。


と、同時に、全ての小猿が肉片と成って床に落ち、屋根の穴から3m程の大猿がデリカシー無く雑に入ってきた。


さっきの猿より頭一つ分大きい…


だが、そんな事にも臆せず、この人黒い男は言う。


黒い男「おーおー 子供のピンチにおとーさんが到着か? 親が絶倫なら子供もってか?」


刀を鞘ごと肩に乗せながら余裕でそう煽る。


黒い男「だけど残念だなぁ…ココで一家離散だよパァーァパ☆」


そう言いながら刀を背中に収め、両手で構えを取る。


珍しく、素手でやりあおうというのか…!


それにも驚いた。


何か理由があるのだろうか?


そんな疑問が湧き、動く事が出来なかった。


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