第七話
十四
―4月21日(土)深夜―
―上野 鶯谷駅北外れ 寂れたホテル―
こちらを向いた大猿は口が裂けるといった様な表現が適切な笑みを向けた。
そして、品の無い笑い声を低く上げ始める。
それは不気味なものであるが、其処が目的ではない自分には、意に介する事ではなかった。
青い男「ヤッてたところ申し訳ないけどお前に用が在るんだよ…!」
それに何も答えずに大猿はこちらへ向かう。
だらしなく
青い男「狂犬病かよ…! じゃ、お前を倒したらワクチン打たねーとな!」
そう言ってショルダーバッグに入れた手とは逆の手で
青い男「ちッ…! 気持ちワリィんだよ!」
更に続けて咒符を投げるが、狭い部屋だというのに上下左右と立体的且つ素早く避けられる。
―
そう思った矢先、咒符を跳躍して避けると同時に両の足で跳び蹴りを食らわしてくる。
青い男「うぉッ!」
凄まじい蹴りの衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。
同時にショルダーバッグから出た縄が大猿の方へ延びる。
青い男「っ…ぐっ…う…」
ズルズルと壁から倒れ込むが、笑みがこぼれる。
青い男「…『捕らえろ』!!」
そう言うと、"縄"が大猿を縛り上げ、"捕らえる"。
青い男「…よっ…どうだー? "
起き上がりつつそう言いながら、大猿に向かう。
女「タ…スケ…テ…」
近付く最中、意思も朦朧とした喋りで倒れている女がか細い声で訴えてくる。
青い男「…後でな」
そう言いながら、大猿から眼を離さず揺らがぬ足取りで向かう。
青い男「苦しいだろ? これでお前は動けない」
余裕の在る声でそう言うと、ショルダーバッグからナイフを取り出す。
雄一『何やってるんだ!』
インカムから雄一の声が響く。
カメラも切っておいたのに…再起動したのか…
それに歯噛みする。
青い男「視たら解るだろ? 倒そうとしてる」
雄一『そういう事言ってるんじゃない! 何故生存者の人を放っておいてるんだ!』
青い男「必要なんだよ…! コイツを倒すのが先だろ?」
ウソだった。
それよりも、"血"が必要だった。
雄一『何言ってるんだ! 助けるのが先だろ!?』
その言葉が煩わしかった。苛つきが増す。
青い男「助けるって言ってるだろ…!」
雄一『オイ! ちょっと!』
インカムを取り外す。
コレで邪魔はない。
さっさとやる事をやらないと面倒だ。
そう、焦る事はない。
これは対価だ。
人を救う事の。
この女達はもう大丈夫だ。
縛妖索がコイツを捕らえている。
だから、チョット"血"を貰うだけだ。
それで、おれには"力"が付く…!
考えるだけで身震いする。
ナイフで斬り付けようとした瞬間、縛妖索が切れた。
青い男「?!な…!?」
有り得ない事に動揺したのか、焦りが生まれる。
その側に、小柄な帽子を被った不細工な悪魔がいた。
青い男「このブサイクッ…!」
その思考の隙に、大猿が両の腕で青い男を掴み持ち上げる。
青い男「がぁあっ…!」
長く大きな手で無理矢理持ち上げられ、足掻くが、離れない。
声を出そうにも声帯近くを親指で圧迫され、声が出ない。
なんて自分の"力"は無力なのか…
"声"が出ないだけで何も出来ない…
無力感と共に怒りが全身を走り、声に成らない声が、音と成って口から漏れる。
青い男「ち…くしょ…!」
それは擦れた、聴き取れない程の言葉だった。
その姿をニヤけながら視る大猿。
背後からの月の明かりでそれが解る。
余裕の表情だと。
―さあこれからどうしてやろうか?―
という表情だった。
悔しい…
傲慢が綻びを生んだのか…!
誰も助けに来ない…
これは自分のせいだ
自分のミスだ
クソ…!
怒りが湧く
こんな
クソォォォォォォ!!
言葉に成らない言葉が脳内で巡り巡る。
その小さいオッサン悪魔は、そんな自分に興味など微塵も持たず、裸の女に向かっていった。
興味も無しか…!
自分に目もくれず女に向かうその悪魔にすら怒りが湧く。
その大猿は大口を開け、自分の頭に向けた。
コイツ…食う気か…?!
こんな最期なんて…!
都合良くマンガみたいに誰かが助けてくれるなんて有り得ない…
後悔が全身を包んだ。
そう思った矢先だった。
天井から入ってきた黒い影が、大猿の背後から一閃し、縦真っ二つに斬り割いた。
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