―第四話―



―2015年12月29日(火) 昼―


―都内某所―


薄暗い部屋にある机の上に座り、足をぶらつかせる青い男。

そこに、金属製の階段を下りてくる音がする


黒い男「よし、始めるかー」


そう言いつつ、古めのノートPCを片手に入ってくる。


青い男「今度は何スか こんな師走に」


そう、師走なのだ。

この時期は、自分達にとって、忙しい。


黒い男「師走だからだよ 煩悩が集まり易い」


青い男「毎年ですもんねー」


だから、除夜の鐘が存在する。

年の瀬である最期の大晦日に一年の煩悩全てが集まる。

人の煩悩=―邪気―百八つを払うと言う事は、其処此処そこここに邪気が存在すると言う事だ。


黒い男「サイトでの情報も増えてきた 今回はコレだ」


ノートPCを机の上に置き、退魔専門サイト『OrACleオラクル』の掲示板を開いた。

このサイトは、エルサレム、バチカン、ハラール、ラサ、京都、出雲、曲阜、ヴァーラーナシー…他、様々な国の退魔機関と繋がり、特定の項目を満たしていると依頼受領可能となる闇サイトである。

依頼希望者は、地元の寺社教会等に来るお祓いや悩み相談にて、来訪者の案件が、自らの技量を上回る事案だった場合に、依頼者=往訪者、依頼主=来訪者となり、このサイトに掲載する事になる。

そのネットワークは広大で、他にも占い師、霊媒師などにも知る者は多く、相談者からこのサイトを頼る者も少なくない。


青い男「コレって…寺?」


PCの画面を覗き込みながら言う。

タダの寺にしか見えなかった。


黒い男「目黒不動尊 最近ここで怪異が増えてる」


青い男「ふーん…どんな?」


それでも興味は抱けなかった。


黒い男「涸れないはずの独鈷の滝が涸れた」


青い男「…それだけスか?」


尚のこと普通だ。取り立てておかしい事など無い。

言葉通り、それだけなら自分達が出張る事は無いハズだ。


黒い男「あのなぁ…その滝は、二百年程前、瀧泉寺を開いた円仁が独鈷杵どっこしょを投げて湧き出たっていう滝なんだよ」


青い男「へえ…」


その説明をされてもイマイチピンと来ず、気の無い返事をして

しまう。

しかし、そんな事は気にせず、丁寧に説明を続ける。


黒い男「独鈷杵は広く仏教で用いられる法具で、帝釈天が雷を用いて戒める武具として知られる それは天台宗では結界を作るのにも用いられてるんだ」


青い男「『用いられてる』多いッスね」


黒い男「うるさいよ」


長い説明に、理解よりも違和感が優先し、気軽な揚げ足にサラリとツッこむ。

理解が足りない時、コイツは揚げ足ばっかりだ。

そう思いながらもすぐ切り替える。


黒い男「とにかく!それが無くなっているそうだ他にも、大行事権現の祠に何か起きたのかもな」


青い男「何かって…何スか?」


黒い男「知らないよ それを調べるんだ…が、」


青い男「が?」


その歯切れの悪さに疑問を抱き、聞き返す。


黒い男「恐らくオレが思う限りは、9月の地震の影響だと思う」


青い男「あー…アレ確かにデカかったスね 水道管破裂とかエレベーター閉じ込めとか多かったらしいですし」


九月十二日に発生したその地震は、東京湾を震源とし、調布で一番大きい震度を叩きだした。

幸い、東日本大震災を教訓にした甲斐あってか、建物の倒壊や、重軽傷者は少なかった。


黒い男「あの時、震度5はあったらしい 多分その影響で祠が崩れた」


青い男「ヤバイじゃないスか」


寺社仏閣で守護となるものが壊れる。

その事の重みは、言葉を使う自分には、よく解る事だった。


黒い男「そうだよ 比較的目黒は平和な土地だが、大きな混乱と死者を招いた、「明和の大火」の火元なのが問題だ」


青い男「めいわのたいか?」


知らない言葉の登場で、

(゜Д゜)

という顔になる。

しかし、そんな事とは関係無く、丁寧に話し始めた。


黒い男「1772年に起きた大火事で、「江戸三大火」って言われる有名な大火事

それが起きたのが、目黒の「大圓寺だいえんじ」でな」


青い男「ほうほう」


黒い男「何が最悪かってその火事の原因はそこの破門になった元坊主の真秀しんしゅうてヤツが起こしたんだ」


青い男「えー!ヤバ!」


黒い男「被害は江戸の三分の一」


青い男「そんなに?! でも…当時の放火って…」


黒い男「大罪だよ 市中引き回しの上で火炙りで処刑されたけど、おかげでその念は残ってる それを収めていたのが、目黒不動の独鈷杵だったんだよ」


青い男「なるほど 繋がりましたよ」


とても素直に理解する。

その素直さがコイツの良い所か、と思いつつ話を続ける。


黒い男「で、今回の依頼は、コレを元の場所に戻して、祠を見てきてくれって事だ」


机の上に、金色の金属の棒を出し、青い男に手渡す。


青い男「… オレが?!」


短い間のあと、その急な振りに脊髄反射で答える。


黒い男「お前の"能力チカラ"との方が相性が良い そいつは オレがやると強力すぎる それに…別の用がある」


言いながらノートPCを畳み、掛けてあるコートの方に向かい、

ゆっくりと羽織りだす。

そして、右手用のグローブを弄り出す。

それだけで、外行きだと解った。


青い男「どこッスか」


黒い男「八王子神社」


青い男「またスか?!」


以前に困った事があった時にも、八王子神社に世話になった。

その時は蛇系だったから、八王子の八幡八雲神社だった。


黒い男「しょーがねえーだろ 目黒不動といえば不動明王だ

八大童子と同じ八王子権現に助力を求め、護摩焚きしてもらうって事」


そう言いつつ、弄り終わったのか、グローブを懐に忍ばせる。


黒い男「不動の咒符は渡しとく」


そう言って、机に出してあった咒符を手渡す。


青い男「はっはぁー …もう専属に雇えばいいのに」


その面倒さに、咒符を弄りながら思わず言ってしまう。


黒い男「坊さんは雇えないよ 御布施になるしな」


そうなのだ。僧侶は職業ではない。仏の教えを伝える者なのだ。


黒い男「あ、独鈷杵使う時はちゃんと真言で唱えろよ」


青い男「え!なんて言えば良いンスか?! オレ、真言はちょっと…」


そう、理解出来ない事は本当に苦手なのだ。


黒い男「"ナウマク・サマンダボダナン・インダラヤ・ソワカ遍く諸仏に帰命致します 特に帝釈天に帰命し奉る"」


青い男「えーと…インダラヤ…」


覚えているのに思わずメモろうとする。それくらい苦手だった。


黒い男「じゃ、行ってくる」


しかし、そんな事を意に介せず行こうとする。


青い男「あ!あ!あ!待って下さいよ!まだ完璧じゃ…!」


その行動が更に自分の不安さを倍増させた。


黒い男「大丈夫だよ インドラを覚えとけば」


青い男「えぇ…!」


確かに覚えている。以前意味は教えて貰った。


だが、不安だ…本当にその意味で出来るだろうか…


黒い男「お前の"能力チカラ"ならな」


青い男「そッスかぁ…?」


その言葉には信頼が込められていたが、自分自身に信頼が置けず、自分に対して疑心満々の返答だった。


黒い男「あと、多分邪気は何かに取り憑いていると思う 何か…地元に関わりの深い、愛着を抱くモノに」


青い男「モノ…人じゃなくですか…?」


黒い男「それはわからん だが、道は重なる オレとお前がそうだったみたいに ソレとお前の道も交わるかもな」


青い男「そう…ですね」


そうだ。

邪気を狩るのが自分達の仕事。それで、サイトから報酬も貰っている。

だが、金のためではない。

何年も前から、それぞれの使命で戦っている。

決まっているかの様に。

宿星に導かれる様に。

二人は出会い、共に戦っている。

邪気と。


黒い男「あ、大罪が関わってるかもしれんから気を付けろ」


青い男「わかりました」


大罪、仏教におけるしんの三業から生まれる十の大罪、

キリスト教、カトリックで言うところの七つの大罪がある。

どれも人を道徳的規範から外れさせ、堕落させる事柄として有名で、その規範とは神聖な存在によって定められたものである。

その為、定めである掟に背く事柄が、罪と呼ばれる。


黒い男「あ、あと、竜尾鬼たつおきと会うかもしれないぞ アイツ独自に動いてるから 鬼案件だし」


青い男「げー! 坂本さん?あの人来るんですかー?」


重要な事をサラッと言う。

何でそんな大事な事を言ってくれないのか。

坂本竜尾鬼。

詳しくは知らないが、以前からの知り合いで、十年ほど前、この人達は大罪と戦っていたのだとか。

その戦いが終わった後、個々に別々で戦っているらしい。

この坂本竜尾鬼は、"鬼の力"の継承者であり、坂本竜馬の遠縁の血族らしい。

この男が苦手だった。

なんというか、一般常識が欠如していて―

とにかく自分からしたら異常に感じるのだ。


黒い男「毛嫌いするなよ」


青い男「合わないンスよー だってあの人純粋なのに戦う時は冷酷で オレはあそこまで出来ない」


そう、子供の様な純粋さなのに目的の為には―目的の最中は尚のこと―冷酷なのだ。

まるで目的の為なら何でもする様で。


黒い男「鬼だからな」


青い男「まぁ…そッスけどー…」


なんでこの人はあんな人と仲良くできたのだろうか?

そんな疑問が湧く。


黒い男「じゃ、行ってくる」


そう言いつつ、自分の疑問に答えが出ないまま、黒い男は部屋を出て行った。

自分も用意して行くか。

愛車のZX―10Rでなら一時間も掛からない。

さっき言われた事もある。

入念に真言を覚えて行こうと誓った。

用意も含め、少し時間が掛かりそうだった。



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