天 中編 ―覚醒―



―新宿 䒑化園神社 夜―



鳥居を越え、神社の境内へ向かう。


街灯の電球が切れているのか、薄暗い。


よくあることだ。


そう思いつつ、参道を歩み始める。


数分歩いたが、神社の境内に辿り着かない。


変だ…


異常だ。


それに普通だったら、夜十時くらいの今ならもう少し人が居るハズだった。


…のに、


男「変…だな…」


当然の疑問を口にする。


それは不安からでもあり、余りの周りの静寂に耐えられなかったからでもあった。


男「戻るか…」


そう言って振り返ると、出口までの参道が尋常ではないほどに、遙か遠く、長く続いていた。


男「!…なんだよ… コレ…?」


有り得ない状況に、思わず口に出たその言葉。


それは、得体の知れない不安から出た言葉だった。


その不安が全身を覆い、これから起きるであろう事を否応なしに想像してしまう。


人も居らず、都会のド真ん中での異様な静寂…その異常さに、不安が恐怖に変わり、足がすくみだす。


ココは本当に花園神社なのか…


自分はココから出られないのではないか、


自分の頭は正常なのか、


そんな思考が、一瞬で脳内を覆い尽くす。


男「とにかく…!」


出なければ…!


此処に居るのは良くない…!


言い知れない、体験した事の無い恐怖が、身体を動かさせた。


出口までがこんなに遠いのだから、神社方面からゴールデン街方面に抜けてしまおう…!


そう思い、境内方面に足を進める。



―䒑化園神社 境内―



漸く辿り着いた境内前の広場は薄暗く、静寂に包まれていた。


居そうで―…


それが、更に一層不安を掻き立てた。


男「誰か―…居ないのか…?」


不安で周囲を見回しながら、そう呟く。


まるで、この世の中に自分独りだけの様な孤独感に苛まれ、口に出てしまう。


ゆっくりと境内横のゴールデン街口に向かう。


が、


歩みを進めた刹那、目前に大きな巨体が降り立った。


男「…え?」


常識では考えられない意味不明な事態に、思わず声が漏れる。


当然だった。


ソレは異常だった。


目前に降り立ったは、3m程の体躯で、髪はざんばら、筋肉は隆起し、纏っている服らしきモノはビリビリに破け、身体は赤く、額には角が生えていた。


そして、野太い雄叫びを上げた。


直感的に理解した。


と。


理由はどうでもいい。


それ直感ソレ目前の巨体を危険だと知らしめ、得体の知れないは未知から来る恐怖を自分に与え、背筋を走る悪寒となり、鼓動を早め、全身に緊張を張り巡らせ、足を震えさせる。


男「ぃ…ィ…!」


言葉に成らない声が漏れる。


その状態は"恐れ"だった。


こんな生き物、居るワケが無い―


その常識が更に恐怖を煽る。


動けずにいると、その巨漢は此方に眼を落とす。


巨体に睨まれ、動く事が出来ない。


何をされるか解らない恐怖で、全身が強張る。


その巨漢は、ゆるりと右手を上げた。


男「まさか…」


それから起きる物事を察し、口から漏れた。


かと思うと、瞬時に右手を自分に振り下ろした。


男「! ぅわァァッ!」


逃げなきゃ!


その意思で、なんとかその一撃を避ける。


男「ぁ…ぁ…ぁああぁぁぁぁ!!」


恐怖が叫びと成って口から溢れ出る。


何故?!


どうして?!


自分がこんな目に?!


平凡に生きている自分が?!


こんな目に遭うんだ!?


そんな疑問が頭の中を駆け巡る。


もうパニック寸前だった。


もつれる足でなんとか走り、ゴールデン街口の鳥居へと逃げる。


後ろからは追いかける巨漢。


全力で走り、逃げる事に全身全霊をかけた。


これでもないという程に。


無駄な力が全身に入り、足が縺れそうになる。


男「ッ! あッ…!」


体勢を崩しそうになるが、立て直し、尚も走る。


後ろを振り返る余裕は無い。


だが、確実に近付く足音が聴こえる。


緊張と恐怖と無駄な力が全身に入り、息が荒くなる。


暑くも無いのに汗が止まらない。


怖い。


男「!ぅあッ!」


ゴールデン街口の階段を降りようとしたら、足を縺れさせ、転げ落ちる。


全部降りきる前に、転げ落ちた身体は途中で止まった。


男「う…! く…!」


全身が痛い。


痛みをこらえながら、起き上がる。


身体を打ち付けながら勢いよく階段を落ちたが、此処を出れば逃げられる…!


その唯一の希望で逃げてきた。


なんとかなった…!


…ハズだった。


男「え…?」


止まったのではなかった。


その巨漢の足にぶつかって止まっただけだった。


男「! ぁ…! ぁあ…!!」


途端に眼前の希望が絶望に支配され、恐怖が込み上げる。


―死ぬ―


その絶望が全身を支配する。


巨漢がユックリと腕を振るい上げる姿勢をとった。


何故こんな目に遭うのか―


何故自分だけが―


何故―


何故こんな嫌な事が―


自分にだけ―


不幸なのか―?



畜生…


チクショウ―


チクショオオオオオ!!


巨漢が無慈悲にも腕を振るい下ろした時だった―


その言葉が脳内に響いたのは―


―目覚めよ―


それは言葉だったのか。


曖昧で解らない。


程度だった。


男「ぅああああぁぁぁぁぁぁ!!」


その巨漢から振り下ろされた腕から守る様に、自身の両手で顔を覆った。


その時だった。


振るった右腕が黄金に輝き、巨漢の腕を弾いたのは。


男「…え?」


迫り来る"死"を覚悟した瞬間、それが訪れなかった事に違和感を感じ、覆った手の間から閉じた目を恐る恐る開き、目前で起きた事に目を這わせる。


男「死んでない…?」


もう死んでるのか? 解らず口から漏れる。


巨漢も驚いたのか、もう一度拳を振り下ろす。


男「ぅわッ!」


体制を立て直し、階段を上り始め、その拳を交わす。


激しい轟音と共に、自分が元いた階段が抉られている。


男「ぅ…!」


その光景を視て、背筋に薄ら寒いモノが走る。


―死んでた…


その事を想像して恐怖した。


逃げなければ…!


でも、何処へ?


その疑問が更に自分を絶望に落とす。


何度もさっきみたいな事は起きない。


それに、こんな怪物どうにも出来ない。


昔空手をやっていたとしても急に人や生き物を手加減無く手を出すなんて出来ないし、そもそもこんなヤツに自分の生半可な空手が効くとは思わない。


どう足掻いても絶望しか視得なかった。


でも、逃げない訳にはいかなかった。


死にたくなかったから―


まだ何もやっていないから―


それが、自分を突き動かしていた。


そうこうしていると、三度巨漢が拳を振り上げ始めた。


男「ヤッ…!」


ヤバい。


食らったら死ぬ。


食らわずとも恐怖を与えるには十分だ。


その時だった。


??「しゃがむんだ!」


男「え!?」


男の声だった。


脊髄反射で屈むと、慣性が働き、前方に倒れ込み、前転する形で倒れ込んだ。


その屈んだ頭上を、何かが空を切った。


それと共に、一人の眼鏡をかけた短髪の青年が自分を飛び越えて、巨漢に向かっていた。


青年「ナウマク・サマンダ遍く諸仏に帰命致すボダナン・特に焔魔天エンマヤ・ソワカに帰命して奉る!」


着地し、お経とかで聴く言葉を口にしたかと思うと、何時の間にか巨漢の胸部に張り付いていた紙切れからが溢れ出す。


それが効くのか、巨漢は苦痛と苦悶の表情と叫びを上げ始める。


青年「よし!今だッ!」


??「うん!」


男「え…?」


それは女の声だった。


こんな場所に? その疑問が口から漏れた。


声の方向を見ると、髪の長い女性が立っていた。


巫女装束と大きな鈴を掲げている。


一際目立つのは、髪の一部が脱色しているのか、白髪だった。


それを視た瞬間感じたのは"ガラが悪いのか?"という事だった。


そんな事を考えている間に、その女性が鈴を鳴らしつつ、巨漢に寄っていく。


女性「邪気…罪滅!」


鈴を数回鳴らした後、目前に突き出し、そう言うと、巨漢が光に包まれ、光の粒子となって消滅していった。

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