―東京異聞録―

天 前編 ―発端―

―序―



―2003年 3月― 深夜―


―上野 寛永寺―



誰も居ない寺の中に、一人の影が在る。


それは何時いつからだったのか。



??「『人は平等なり、婦人もまた平等な人間なり』―…」


その影は誰ともなく口を開き、そう呟いた。


心なしか、憂いと呆れが混ざっている様だった。


??「…では、始めよう…」


そう口にすると、手元で印を結び、梵語を呟き始めた。


翌日、本堂を見に来た住職が発見したのは、破壊された天海の木像だった。


そして、その日から都内での怪異が頻発に目撃され始める―…






―2003年 4月― 自宅 深夜―



男「ぅ…! ぐ…!ぅう…ッ!」


うなされていた。


その夢はなんてことはない夢の筈だ。


だが、何故か苦しく、辛かった。


その夢に現れる馬は、眼が赤く、角が生えていた。


視線をこちらに向け、微動だにせず見続けていた。


自分を―


何故か、その夢を観ていると、怒りや憤りで苦しかった。


思い通りにならない自分―


思い通りにならない物事―


何も出来ない自分―


に対する憤りと不満が噴出するかの様な―…


そんな苦しみが沸いてくる…


辛さだった…


男「! うッ…っはァッ…また…この夢…」


眠ることも休まらないのか―


その現実が、更に自分を苦しめた。


子供の頃から運が悪かった。


抱き抱えられた親の背中から階段を落ちて怪我をしたり、


空手を習った初日に骨を折ったり、


憧れていた仕事の就職先が半年で無くなる等―


かく、ツイていなかった。


男「クッ…ソ…っ」


寝起きの頭を抱えながら両手で顔面を覆う。


辛い現実を覆い隠す様に。


若さ故の憤りだということは、頭では理会出来ていた。


だが、心では納得出来ていない。


それも若さ故だと理解出来たが、その納得出来ない事に、余計苦しさが募った。


明日はまたバイトの面接で新宿に向かう。


寝なければ―


そう自分に言い聞かせ、再び布団を被った。






―翌日、新宿 歌舞伎町 夜―



その日は暖かかった。


昼は晴れて良い陽気だったが、夜はまだ肌寒い。


黒のTシャツの上に長袖白シャツ、ロングの黒コートを羽織り、下はグレーのデニムとスニーカーを履き、靖国通りを一人の男が歩く。


足取りは重い。


男「はァ…」


またうまくいかなかった…


今回、面接を三社受けたがどれもうまくいくか判らない。


何故こんなにうまくいかないのか―


それが自分を苦しめていた。


親や家族ともうまくいっていない― ましてや女性、恋人なんて以ての外、人付き合いが上手くいかないのは何故なのか―


そんな呪詛的な念が自分を覆っていた。


理由は解っている。


自分の考えが普通―親の持つソレ―とは異なるからだ。


初めて得られる関係性、他人とのコミュニティ…それに生まれ付き馴染めなかったからだ。


何故、そうなのだろう?


何故、そうなるのだろう?


男「そんなに…オレが悪いのかな…」


思わずソレが言葉となって口から漏れる。


父や母にはずっとその疑問を抱き続けていた。


お陰で半端な人間関係を学んだ自分は、それ親の世界の通用しない外の社会に馴染めない孤立した自分世界になってしまった。


半端な憤りと孤独な世界観…鬱屈するには十分だった。


だが、成長はする。


してしまう。


いやが上にも、社会に出なければならない。


大人に成らなければならない。


でも自分はまだ子供だ―


そんな言いようのないジレンマが、常日頃から自分を責め立てた。


靖国通りを歩きながら、そんな事を考えていると、花園神社の看板が眼に入る。


男「あぁ…お参りしとくか」


居るかも解らず、起きないと思いつつも、現状の憂いを払うという名目で、その神の奇跡にすがり、花園神社に足を運んだ。



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