舞の小さなヒミツ


 何戦かしたところで(予想通り、ほぼ祐司と春貴の二人勝ちだった)、京子から呼ばれて四人は食卓へとついた。

 目の前のテーブルには、次々と刺身や魚介類の天ぷらが並んでいく。


「いいんですか、こんなに」


 申し訳なさそうに言う美咲。味噌汁をつぎながら京子が笑う。


「遠慮しなくていいのよ。それうちの実家から送られてきたものだし。どうせ二人じゃ食べきれないからいつも周りにおすそ分けとかしてるの」


 舞の実家は港町の魚屋だと聞いていた。久し振りに食べるスーパーの特売品などではない刺身に、祐司の心は躍る。


 京子も舞の横の席に着いて、みなで食べ始める。

 祐司は中トロをまず口に含むと、ほどよく乗った脂がとろけて、興奮する。他の二人も満足げに食べており、お互いに美味しい、美味しいと言い合う。舞が嬉しそうに言う。


「ご飯もいっぱいありますので、どうぞ遠慮なく言ってください」


 祐司は早速彼女に茶碗を手渡した。丁寧によそってくれる彼女を見ながら、味噌汁を飲んでいく。これも魚介のだしを使っているのか、香ばしい匂いに心安らぐ。


 そんな食卓の様子に、京子が微笑みながら改まって言う。


「みんな、本当に舞と仲良くしてくれてありがとうね」


 祐司達三人は、姿勢を正して京子の顔を見る。


「知ってると思うけど、この子、前の学校で色々とあって……。元々友達作るのが得意じゃない子だから、引っ越してくる前からずっと不安で」


 舞が祐司の茶碗を持ちながら、「お姉ちゃん……」と言った。


「だからどんな子たちなのかな、って思って。今日は本当にありがとうね」


 少し目の潤んでいる京子に、三人は黙って、ぺこりと頭を下げた。彼女は後ろを向いて目を触り、振り向いて再び大人びた笑みを浮かべる。


「ごめん、なんだかしんみりさせちゃったね。さ、どんどん食べて食べて!」


 元気良く、はい、と返事をして食事を再開した。

 ふいに、京子と美咲の姿が祐司の中で重なる。二人はまた違った形で、年下のきょうだいのことを、保護者として、頼れる姉として、大事にしてあげている。そんなことを思って、ちょっとだけ目頭が熱くなった。


 しばらくして、取り皿の醤油を切らした舞が言った。


「お姉ちゃん、そこの醤油取ってくれない?」


 祐司はわずかに違和感を覚えたが、それは彼女が敬語でなかったからだと気付く。

 そう言えば、この姉妹のちゃんとした会話を聞くのは初めてで、へえ、やっぱり家では普通に喋っているのか、まあ当然だよな、と思っていると、京子が舞をじっと見ていることに気付く。


「な、何、お姉ちゃん?」


「舞ちゃん。もう無理に隠さなくてもいいんじゃないの? それにぎこちないよ」


 舞は、いや、でも、としどろもどろ呟いている。


「ほら、いいから言っちゃいな」


 京子が突然、舞の脇腹をくすぐり始めた。

 舞は椅子から崩れ落ちないように、必死に笑い声を上げて抵抗している。


「ちょっと、無理、お姉ちゃん、お姉ちゃん! !」


 舞が京子の手を掴み、ぜえぜえと息を吐く。

 三人が唖然としながら見つめているのに気付き、舞はみるみるうちに顔を赤く染め上げていく。祐司が恐る恐る尋ねる。


「三鷹さん、今の、関西弁?」


 舞が、もう、と言って乱暴に京子の手を放すが、京子はずっと悪戯っぽく笑っていた。

 一つ咳払いをして、舞は俯きながら言う。


「西の方の出身とは言いましたよね。姉はこっちに住んで長いので割と標準語なんですが、本来は私達、関西弁なんです。

 ……こっちに引っ越すって決めたときに、私も、必死で標準語を練習したんです。方言だからっていじめられるのが嫌で……。敬語なら誤魔化せるかなっていう目途が立ったので、ずっと上手く逃げ回ってきて」


 舞は目をそらして、途切れ途切れに言葉を紡いでいく。


「やっぱり、関西弁って、変、やろか?」


「ううん、変じゃない」


 すぐに美咲が口を開いた。春貴も笑いながら言う。


「というか、むしろそっちの方が可愛いよ。なあ、祐司」


 祐司も恥ずかしく思いながら同意した。舞はリンゴのように顔を赤くして、小さな声で言う。


「もう、恥ずかしいやん……」


 他のみんなは笑いながら、温かくその様子を見守っていた。



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