おじゃまします
金曜日、祐司は野球部の練習を終えるとすぐに近くの喫茶店に行き、春貴と美咲を呼んで舞の家に向かった。
一時間も喫茶店で潰すのはなかなかしんどいな、と春貴は疲れた様子をしていた(恐らくずっと美咲の聞き役になっていたのだろう)。
マンションの入り口でインターホンを押すと、舞と似ているが、幾分はっきりとした声が答えた。彼女の姉だろう。
五〇二号室のインターホンを押すと、舞が出迎えてくれる。
「どうぞ、入ってください」
「おじゃましまーす」
三人でぞろぞろと入り、キョロキョロと中を見渡した。
玄関の横の棚にはオシャレな靴が並んでいて、美咲が興奮した声を出す。反対側の壁にはどこかの浜辺の絵や真っ赤なバラの絵なんかが飾られていて、祐司は早速、この家独特の雰囲気に飲まれそうになる。
リビングに入ると、一人の女性が感じの良い笑みを浮かべて挨拶してきた。
「こんばんは。舞の姉の京子です。初めまして」
舞と顔は似ているが、暗めのブラウンの髪と落ち着いた佇まいで、随分大人に見える。
「こんばんは。あ、これ、お土産です」
美咲が緊張しながら、ずっと大事そうに抱えていた紙袋を差し出した。京子が中から箱を取り出して、わあ、と感激したような声を漏らす。
「これ、仲村屋のおまんじゅう? こんないい物をありがとう」
「いえ、実家なので全然構いません。喜んでもらえて嬉しいです」
美咲が少し照れたように言った。京子はポンと手を叩く。
「実家ってことは、あなたが仲村美咲さん?」
「はい、そうです」
「妹からよく話は聞いているわ。いつも舞がお世話になってます」
深々と頭を下げられ、いえいえ、と美咲は両手を激しく振る。
「むしろ最近は私の方がお世話になりっ放しです。妹さんは本当に優しくしてくれて」
京子の後ろに立つ舞が、恥ずかしそうに俯いた。
祐司と春貴ともそれぞれ挨拶を交わすと、京子はご飯をご馳走したいと言った。祐司達は遠慮したものの断り切れず、結局押し切られて、待つ間に舞の部屋に入ることにした。
舞の部屋は勉強机の上にスケッチブックが並べられ、部屋の奥の本棚にマンガがずらっと並んでいる。カーテンや布団は淡い緑、カーペットはクリーム色で、全体的に柔らかい雰囲気の部屋だ。
「へえ、いい眺めだね」
春貴は網戸を開けて夜の町を眺めている。本棚をゴソゴソとしながら舞が言う。
「ええ、南東を向いているので日当たりも良好ですよ。夏は暑いのかな、と思いますけど」
美咲は壁にかかっている舞とその家族の写真に興味をひかれている。祐司はカーペットに腰を下ろしてなんとなく腕のストレッチを始める。
「はい、高崎君」
舞が例のマンガの続きを祐司に手渡す。礼を言って受け取ったところで、彼は首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「いや、せっかく来たんだしさ、なんかマンガ読んでるだけってもったいなくないかな」
元は確かにマンガの話でここに来たのだが、四人揃っているのにみんなバラバラなことをしているのはおかしい気がするのだ。
マンガは借りて家でも読めるが、どうせなら、貴重な時間を使って運良く四人も集まることができた意義をちゃんと持ちたい。
「ですが、四人で時間を潰せるものって、私持っていませんよ」
祐司は部屋をざっと見回してみる。男の部屋ならゲーム機だとかボードゲームだとかが置かれたりしているものだが、その辺りが男女の違いなのだろう。
そう言えばめぐみは友達を連れてきても、ファッション雑誌を見たりしながらただひたすら喋っているだけ、と言っていた気もする。
春貴が窓から顔を引っ込めて振り向く。
「じゃあ舞ちゃん、トランプある? 神経衰弱とかしない?」
ありますよ、と言って舞が勉強机の引き出しを探り出すと、美咲が文句を言う。
「ちょっと、神経衰弱なんかやったらあんたが一人勝ちって目に見えてるじゃない」
そうだそうだ、と祐司も便乗する。
記憶力と観察力が強いおかげか、昔から春貴は神経衰弱にはめっぽう強くて、覚えている限り自分達が勝てた記憶が全くない。あまりの強さに一度、一緒に対戦していた女の子を泣かせかけたこともあるほどだ。
舞は上から三番目の引き出しからトランプを取り出す。何をするのか尋ねてきたので、
「よし、大貧民でもするか」
と言うと、美咲と春貴もOKした。しかし、舞だけは知らないとばかりに目をぱちぱちとさせている。春貴が、あっ、と声を漏らす。
「もしかして、大富豪って言ったらわかる?」
春貴の言葉に、舞もわかったという表情を浮かべる。美咲が祐司の左側に腰を下ろして、驚いたように言う。
「へえ、大貧民の呼び方って色々あるんだ」
舞は祐司の向かい側に、春貴は右側に座る。春貴は舞からカードを受け取り、慣れた手つきでショットガンシャッフルをしながら言う。
「俺達は大貧民、大貧民って言ってるけど、昔一回、関西に住んでる従兄弟とやったとき、あいつら大富豪って言ってたんだよな。舞ちゃん西の方から来たって言ってたのを思い出して、もしかしてと思ってさ」
話を聞いていた三人は、へえー、と一様に感心する。やはり春貴の記憶力と観察力は今でもしっかりと健在のようで、本当に侮れない、と祐司は思った。
手札を配ってもらいながらルールの話をしたが、ここでもやはり三人と舞で意見が食い違う。
そもそもがローカルルールの多いゲームなのだが、お互いの普段使っているルールが面白いほど一致しない。話し合いの結果、一番基本的な「革命」だけを採用することにした。
自分の手札の順番を並び替えながら、美咲が言う。
「面白いよね、同じゲームのはずなのに地域によってルールが全然違うんだもん」
祐司も手札を確認する。戦力のバランスは悪いが、最強のカード、ジョーカーがある。これの使い方次第の勝負になるだろう。
「中学、高校って上がるごとに色んなルールが混じっていくもんな。なんか世界が広がっていく感じ」
祐司のセリフに、舞もそう言えば、と口を開く。
「じゃんけんもそうですよね。それこそ隣町に住んでいる子とは全く掛け声が違って、唖然としたりします」
春貴が、あるある、と笑い出す。
「そこでさ、お前の掛け声変だろ、なんて不毛な言い合いが始まってな」
四人は笑い声を上げた。
こうして違う価値観と出会い、妥協し合ったり言い争ったりしながら受け入れていく。そんな些細なことの積み重ねで成長していくのかな、と祐司は思って、ちょっと大げさに考えすぎか、と打ち消し、ゲームに集中し始めた。
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