ずっと待ってたんだぜ!



 望は、ストレッチをしながら部員達を眺める。


 二年生、三年生は確実に成長している。自分を含め入部したときはひょろひょろとしていたメンバーも肩幅ががっちりとしていて、日に焼けた顔は自信に満ち溢れている。

 一年生も、秋季大会の好成績のおかげか近年稀に見る豊作で、何人かは夏の大会でベンチ入りが見込める。


 なんとかなった、というのが正直な感想だ。

 ごく普通の練習環境、ごく普通の実力のメンバーに、かつて自分に誘いをかけてきた強豪校を羨ましく思ってきた。実家の酒屋を手伝いながら、なんで俺だけと何度も思ってきた。

 監督がそりの合う人で本当に良かった。キャプテンとして不安になる度、適切な態度と的確なアドバイスで救われてきた。祐司が消えたときも。


 あと、このチームはピッチャーさえ上手くいけば――。


 今のダブルエースの一人、杉浦和人は最近調子が悪い。スタミナを見込まれて主に彼の方が先発をする機会が多いのだが、春季大会でも何度か打ち込まれて、その度にもう一人のピッチャー、愛内翔太の救援を仰いだ。


「集合だ」


 監督の鎌田がグラウンドに現れた。部員達の野太い挨拶が響き渡る。


「今日は練習前にちょっと話がある。おい、出てこい」


 監督が振り返り、その後ろから少し申し訳なさそうに、「彼」は姿を見せた。

 望は思わず駆け寄る。


「祐司!」


 その目の前に立つと、祐司は勢いよく頭を下げた。


「みんな、勝手に辞めてすまなかった!」


 望の背後の部員達がざわめき立つ。


「おい、やめろよ」


 望が慌ててそう言うと、祐司は首を横に振る。


「望もすまなかった。リハビリのこととか余計な世話までかけさせて。ほんとにバカだった」


 望は何も言えずに黙ってしまう。そのくらいにしとけ、と監督が祐司の背中に手を置く。


「残念ながら、高崎は夏までにピッチャーとして復活はできない。野手としても計算できるか、微妙なところだ。だが、裏方やコーチ役を引き受けるという条件で戻ってきてくれた。みんな、受け入れてくれるか」


 みんなの顔が一気に明るくなる。もちろんです、とか、さすが祐司、とかあちこちから声が上がっていく。

 望は、緊張している祐司の目を見据える。

 手をすっと前に出すと、彼もぎこちないながらも、手を握ろうと差し出してきて、



 その手を払いのけて思い切り頭を叩く。



「……遅えよ。ずっと待ってたんだぜ!」


 バシッ、と気持ちいい音がグラウンドに鳴り響いた。

 祐司は頭を押さえて照れ臭く笑いながら、みんなありがとう、と叫んだ。




 久々の土と汗の匂い、ボールの感触、バットの重さ。

 どうなることやらと緊張して、昨日の祐司はほとんど眠れていなかったが、まさかこんなに楽しいとは思いもしなかった。


 再び絵を描けるようになった舞を見て、祐司も行動を起こさずにはいられなかった。

 美咲との仲直りの数日後には監督と相談して、部に戻ることを決断。また、勉強会の日は下校時刻の五時半までみっちり勉強して、その後部活終了まで一時間ほどの間だけ参加することにした。


 祐司は球拾いなどの雑用だけでなく、投球練習にも顔を出してアドバイスをした。

 和人達が間近で投げているのを見ても、以前とは違って仕事だと割り切ることができた。それはピッチャーを諦めたのを認めるようで、寂しくはあったが、きっと、過去に縋り続けていた今までよりはカッコ悪くないはずだ。


 練習後、久し振りに望と帰ることになった。


「それにしても、突然でびっくりしたよ。どういう心境の変化だ?」


「ちょっと、友達を見てたらこういう生き方もいいかなって思って」


 望はきょとんとしていたが、わからなくても構わない。


 祐司は舞の絵を思い出していた。

 あの日だけでなく、監督に相談するときも、今日野球部に向かうときも、あの絵のことを思い出して勇気をもらっていた。

 あんな風に、自分が今できることで、誰かの背中を押すことができるなら。


「夏までには、ノック打ち分けられるくらいに回復するからな。見とけよ」


「ああ、期待しておく」


 望は精悍な笑顔を浮かべる。バッテリーを組んでいた頃には何度も見てきたはずのその笑顔は、どこか懐かしくて、それでいて新鮮に感じられて、今までとは異なる新しい一歩をやっと踏み出せたんだなと祐司は実感した。



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